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団地再生 -団地再生を考える-

団地再生シリーズ166弾

「ソルテア」(イギリス)
世界で最初の近代都市計画

山森 芳郎さん

共立女子学園名誉教授
山森 芳郎さん

共立女子学園名誉教授、工学博士。主な著書に『ヴィクトリア時代イギリスの田園生活誌』(共訳)、『キーワードで読むイギリスの田園風景』など。


 世界で初めての鉄橋、世界で初めての運河トンネル、世界で初めての鉄道トンネル…、イギリスの人たちは「世界で初めて…」という形容がお好きなようだ。「ソルテアは世界最初の近代都市計画である…」と観光パンフレットに出ている。本当だろうか。

ソルテアの発見

ソルト・ミル(工場)―現在は美術館、事務所、商店、レストランなどとして使われている
ソルト・ミル(工場)―現在は美術館、事務所、商店、レストランなどとして使われている

 私が西ヨークシャーの工業都市ブラッドフォードの北にあるソルテアという「町」の名前を知ったのは、昨夏、20年ぶりのイギリス旅行に出かける2~3カ月前のことだった。

 実は四半世紀前、私が初めてイギリスに滞在してイギリスの田園風景研究を開始したとき、産業革命の痕跡をなかなか発見できなかった。今回の旅行は19世紀のイギリス文学と風景の関係を確かめることが主題だったが、目的地の1つ西ヨークシャーは19世紀に工業化が進んでいたので、産業革命や工業化の写真を撮るいいチャンスだった。

 とりわけ、工業都市リーズと港湾都市リバプールを結ぶ運河は、途中、ブリテン島の背骨ともいわれるペナイン山脈を越える。インターネットのウィキペディアとグーグルアースをたよりに、あらかじめ魅力的な撮影個所を探したのだったが、そのうち見過ごしていた運河沿いの工場が気になりはじめた。何度か見返しているうちに、それがソルト・ミルという繊維工場だったことが分かった。ルネッサンス様式、淡黄色の石造建築で、運河の両側にそそり立つ姿には抜群の迫力がある。

企業による都市建設

十分な自然採光に配慮した住宅街
十分な自然採光に配慮した住宅街
ソルテアの中心軸、ヴィクトリア・ロード
ソルテアの中心軸、ヴィクトリア・ロード
タイタス・ソルトが埋葬されている教会
タイタス・ソルトが埋葬されている教会

 都市計画の発端はブラッドフォードの位置だった。馬車の時代、ブラッドフォードは工業化によって急成長したが、運河の時代になるとリーズ・リバプール運河から細々とした支線を引き込まなければならなかった。ソルト・ミルは以前、そんなブラッドフォードの中心にあったが工場の拡張もままならず、他方工場や住宅からの排煙による大気汚染は劣悪を極め、労働者の健康を害していた。

 19世紀の半ば、輸送手段は運河から鉄道に移りつつあった。鉄道網はリーズ・リバプール運河に並行して敷設されたので、ブラッドフォードはふたたび、そこからの引き込み線に頼らざるを得なかった。

 1851年、ソルト・ミルの当主タイタス・ソルト(1803〜1876)は工場の移転を決意し、あわせて労働者の住環境の改善をはかろうと考えた。移転先はブラッドフォードの北4マイル、工業用水をふんだんに供給してくれるエア川に沿い、リーズ・リバプール運河も、1848年開通のリーズ・スキプトン鉄道も開設済みだった。鉄道は、やがてペナイン山脈を越えて、ランカスターやリバプール、マンチェスターなどと結ばれることも決まっていた。ソルトは、移転先の地名として自らの姓であり、企業名でもあるソルト(Salt)とエア(Aire)川(渓谷)をつなぎ、「ソルテア(Saltaire)」と名付けた。そして、地元の建築家ヘンリー・ロックウッドとリチャード・モーソンと契約すると、さっそく新しい「町」の建設に着手した。

 注目すべきことに、彼らは工場や労働者住宅を移転しただけではなく、病院や従業員養成学校、教会、文化ホール、広大な公開緑地、労働者のリタイア後の住宅などを併設し、新しいライフ・スタイルを提示しようとした。1853年、はやくも最初の建物が完成した。工場棟ソルト・ミルである。従業員3000人、設置した織機1200台、当時世界最大の工場だった。

モデル・ヴィレッジという精神

 イギリスの歴史をおさらいすると、18世紀後半の産業革命の後、19世紀にはランカシャーやヨークシャーを中心に工業化の時代に入るが、実態は資本主義による経済の好不況が繰り返され、深刻な労使紛争や宗派対立、環境問題に直面することになった。そんなとき、一部の企業家は私財をつぎ込んで、雇用している現役の労働者や引退した労働者のために快適な住環境をつくり、労使関係を安定させようとした。このような、篤志家(フィランソロピスト)によって建設される住宅群は「モデル・ヴィレッジ」と呼ばれ、産業革命直後の19世紀前半には、その名の通り、田園地帯に建設された十数戸程度の小規模なものがほとんどだった。そして工業化が進んだ19世紀半ばを過ぎると、住宅規模は数百戸単位になり、工場はもとより、教育施設やレクリエーション施設、病院などを含む総合市街地として開発され、ソルテアはその先駆的な役割を果たした。明治維新の最初期に欧米に派遣された岩倉具視使節団もここを見学したという。

 ソルテアと並ぶ市街地型モデル・ヴィレッジの代表例として、19世紀末から20世紀にかけてチョコレート・メーカー、キャドバリーの創始者ジョン・キャドバリーとその後継者によってバーミンガム南部に開発されたボーンヴィルがある。

ソルテアの再生

コンサートや催し物に使われる文化ホール
コンサートや催し物に使われる文化ホール
市民憩いの場、公開緑地
市民憩いの場、公開緑地

 モデル・ヴィレッジの「モデル」とはふつう「模範的な」「手本となる」などと訳されるが、解説書は、わざわざ「理想的な」という意味だとことわっている。

 ソルテアやボーンヴィルで提案された都市計画の精神は、やがて20世紀冒頭の「ガーデン・シティ(田園都市)」や第二次世界大戦後の「ニュータウン」へと引き継がれ、栄光あるイギリス近代都市計画の歴史を形づくった。

 1980年代に入ると繊維産業が不振に陥り、1986年、広大なソルト・ミルは閉鎖を余儀なくされた。ところが、有能な事業家ジョナサン・シルヴァーがその工場を買収し、たった数カ月後に建物の一部を使って美術館をオープンさせ、90年代には事務所、商店、レストランなどが入る複合ビルとして再生させた。住宅群は設備が改良され、さまざまな階層の市民に提供されている。文化ホールはコンサートなど催し物に利用され、病院はアパートメント、教育施設はコミュニティ・カレッジとして新しい機能を担うことになった。最初の建物の完成から150年以上経過したが、すべての建物が現役である。

 これらがユネスコによって評価され、2001年、ソルテアの工場建築および住宅市街地は世界遺産に登録された…というしだいである。

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団地再生支援協会 http://www.danchisaisei.org/