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団地再生 -団地再生を考える-

団地再生シリーズ175弾

旧蚕糸試験場から広がる日野の取組み
〜身近な文化財を地域の拠点へ〜

太田 陽子さん

一級建築士事務所COCOON設計室
太田 陽子さん

1971年名古屋市生まれ。東京都立大学工学部建築学科卒業。(株)日本設計を経て現在、住宅や公共建築の設計監理に携わる。日野市在住。


はじめに

仲田の森蚕糸公園の位置
仲田の森蚕糸公園の位置

 東京のいわゆる郊外にあたる日野市(人口約18万人)は、多摩平団地等の先進的な団地再生が進んでいるが、今回は住民にスポットを当て、1932(昭和7)年に建てられた「旧農林省蚕糸(さんし)試験場 日野桑園 第一蚕室(さんしつ)」という絹産業遺産から広がっている地域の動きをご報告させていただく。

 この建物は、JR中央本線日野駅から徒歩15分ほどの仲田の森蚕糸公園内に、1棟残っている。日野桑園は杉並区にあった本場の分室にあたり、かつては数棟の蚕室、庁舎、宿舎などの建物群が存在していた。この地は日野宿と多摩川に挟まれた場所で、「扶桑社」という養蚕伝習所があり、農家による養蚕も盛んな地域であった。

 蚕室とは、その名の通り蚕を飼うための建物である。当時の蚕室は木造がほとんどであったが、第一蚕室は1階が鉄筋コンクリート造で、2階を木造とする珍しい混構造になっている。その一方で、部屋を温める火炉や換気用の気抜き屋根などの伝統的な蚕室の特長も併せ持ち、当時「日野桑園のモダン蚕室」とうたわれていた。

蚕糸試験場移転後

 蚕糸試験場は1980(昭和55)年、絹産業の衰退に伴い茨城県つくば市へ移転した。敷地は財務省の管轄となり、木造の建物は解体され、フェンスで囲まれて植物が繁茂し緑地と化した。

 1991(平成3)年以降、日野市により「自然体験広場」や「ひのアートフェスティバル」の会場として、夏に使われるようになった。第一蚕室は「桑ハウス」の愛称で呼ばれるようになったものの、蚕糸試験場について語られることはなくなっていた。

仲田の森遺産発見 プロジェクトの発足

第一蚕室の外観(2016年11月) 第一蚕室内で行った「LIVE桑ハウス」(2011年)
第一蚕室の外観(2016年11月) 第一蚕室内で行った「LIVE桑ハウス」(2011年)

 私たちは、蚕糸試験場があったこの地の魅力を伝えることを目的に、2009年に市民団体「仲田の森遺産発見プロジェクト」(以下、遺産発見PJ)を結成した。「ひのアートフェスティバル」に参加し、蚕室の遺構をライトアップする「光のインスタレーション」を行った。

 2010年は、「桑ハウス・ツーデイリノベーション」として、第一蚕室の床や漆喰の壁を磨き、時を重ねた味わいが建物にあることを紹介した。2011年は「LIVE桑ハウス」をNPO子どもへのまなざしや地元ミュージシャンなど多くの市民と共催した。

 2012年には、日野市により敷地全体は「仲田の森蚕糸公園」として整備され、いつでも出入りできるようになった。しかし、第一蚕室は老朽化のため、フェンスで囲まれ閉ざされることとなった。

 2013年以降は、地元の歴史を見つめ直す活動を行っている日野宿発見隊、蚕糸の会日野、日野市と見学会などを共催している。

建物の保存と活用

第一蚕室の改修後予想パース(保存活用計画書より)
第一蚕室の改修後予想パース(保存活用計画書より)

 日野市は2014年第一蚕室の所有権を得て、2016年に保存活用計画書を策定した。遺産発見PJの有志5名でCOCOON設計室を立ち上げ、耐震診断や保存活用計画書の策定などの業務委託を受けた。

 日野市は、保存活用計画書の策定にあたって、自治会、小中学校、関連団体からなる協議会を開き、意見交換や活用案の展示会、類似施設の見学を行った。協議会では、蚕の展示やカフェ、ワークショップなど多くの活用案が出されたが、案がしぼられることはなかった。

 保存活用計画書には、第一蚕室を近代化を知るための歴史的建造物として保存し、地域活性のために活用していくこと、また、市民自らの手でつくりあげていくことが記された。

登録有形文化財へ

 第一蚕室は2017年6月、造形の規範になっているものとして、国登録有形文化財に登録された。文化財の保護に重きが置かれている指定文化財とは異なり、登録文化財は文化財の活用に重きが置かれている。身近な文化財として、建物の価値を生かしながら使うことで、まちの魅力を高めることができる。

 第一蚕室には、試験場当時の器具や資料などは残っておらず、空室の状態であり、このまま保存だけを行っても第一蚕室の魅力は半分しか伝わらないと思う。ただの空間として利用するのではなく、第一蚕室特有の魅力を生かした活用をじっくり考えたい。漆喰の壁も杉の床も80年を経た魅力を放っている。市民のエネルギーで使い続けるには、どのような方法があるか、今は各々知恵をしぼっている。

今後の課題

 登録有形文化財になり、保存活用計画書もまとめられたが、市民自らの手でつくりあげていくことは、一筋縄ではいかない。現在、仲田の森蚕糸公園とその周辺では、市民団体やNPOなどさまざまな形態で、採算は取れないが社会的に重要なことを自主的に行っている。ひとつの建物を多くの団体や市民が使うには、無理のない運営方法や維持管理費などの問題もある。

地域活性の糸口

 話は変わって、遺産発見PJでは、2017年6月に蚕を実際に飼ってみた。段ボール箱にキッチンペーパーを敷き、100頭の蚕に桑をやると、1月後、蚕たちはきれいな繭に納まった。蚕の生態を観察すると、保温や換気などの蚕室の特長がよく理解できた。繭を煮てとった生糸の美しさには驚いた。他にも蚕飼育を通して、意外と蚕飼育経験者が多いことや、糸を紡ぐことに熱心に取り組んでいる人々の存在を知った。16世紀のヨーロッパの養蚕の様子を書いた絵を見る機会があり、蚕が同じように育てられていたことに感動し、多摩近郊や上州にある多くの養蚕関連の建物を見学することが今まで以上に楽しくなった。(公社)横浜歴史資産調査会などが開催しているシルクロードネットワークに日野市や遺産発見PJメンバーも参加しており、力強い動きに感じている。

 話を第一蚕室の今後に戻すと、関連する各団体は、子育て、植物、歴史、地域、建物など、それぞれのテーマがあり、連携がとりづらいという課題もある。しかし、「蚕」は共通の話題になり、各団体の横通しに役立ち始めている。公園内には市民活動で植えた桑が成長しており、市内の緑地にも桑は自生している。来年は蚕を飼ってみようか、という団体も出てきた。遺産発見PJが第一蚕室のペーパークラフトをつくり、商工会がイベントで使うこととなった。年1回の公開にむけた掃除会を各団体で協力するなど、新たな連携が生まれている。近代化を支えた蚕に、今度は、地域活性の糸口探しを助けられているように感じている。

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団地再生支援協会 http://www.danchisaisei.org/