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シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長/廣川 麻子さん

廣川 麻子さん
「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」を実現するために
Profile

廣川 麻子さん/シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長
1972年東京生まれ。生まれた時から耳が聞こえないが、小学校時代に難聴児の劇団で活動、演劇に親しむ。和光大学在学中の94年に日本ろう者劇団入団。2009年に1年間、英国で演劇研修。俳優、制作、ワークショップ、企画運営など、演劇を中心とした活動を展開中。演劇企画団体「ヒロカワ企画」主宰、観劇支援団体「NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク」理事長。
http://www.ta-net.org


 2008年、旅行先のロンドンのある劇場で観た『レ・ミゼラブル』には、手話通訳が付いていました。黒い衣装を着た女性が下手側(客席から見て左側)に立ち、休憩を挟んで3時間半、手話通訳を行っていました。当時、私は英国手話を知りませんでしたが、その女性の豊かな表現力に引き込まれていました。そしてフィナーレでは、手話通訳者も出演者の一人として、その熱演に大きな拍手が送られました。そんなことがごく自然に行われていたのです。その時、聴覚障害を持つ私もこの劇場に歓迎されているように感じました。

 当時の日本で聴覚障害を持つ私が心から楽しめるのは、手話を使った演劇だけでした。私は社会福祉法人トット基金(黒柳徹子さんが理事長)が運営する日本ろう者劇団に入団して、今年で22年となりますが、演劇の勉強のために多くの舞台を観てきました。当時は、舞台手話通訳はおろか、字幕が付く公演もほとんどありませんでした。そのため、知り合いが出演している舞台を、台本を借りて観ていました。小劇場の場合はほとんどOKでしたが、大きな劇場だと断られてしまいます。借りられても観劇中に台本を広げることはできないので、前もって読んでおくという方法でした。しかし前もって読むと、当日の面白みが半減してしまいます。

 『レ・ミゼラブル』は日本でも1987年に初演され、母が前から2番目という良い席を取ってくれました。口を読み取れれば少しでも楽しめるのではという母の配慮でしたが、完全に楽しむことはできませんでした。それでも豪華な舞台装置、目の前で俳優たちが熱演する姿に感動を覚えたものでした。そんな舞台が手話通訳付きで楽しめる可能性を知ったのは、大きなターニングポイントでした。

「舞台手話通訳付きモデル上演および撮影会」DVDを演劇関係者に配布中
「舞台手話通訳付きモデル上演および撮影会」DVDを演劇関係者に配布中
タブレットパソコンのボータブル字幕で演劇を楽しむ
タブレットパソコンのボータブル字幕で演劇を楽しむ

 障害者リーダーを育成するための海外研修プログラム(ダスキン運営)に合格し、2009年9月から1年間、ロンドンに滞在し「障害者演劇の環境向上」をテーマに研修する幸運を得ました。

 そこで、60本以上の舞台を観たのですが、その内、手話通訳14本、字幕15本で、約半分に何らかのサポートがあり、しかも台本ではなくリアルタイムで、堂々と観ることができ、終わった後はパブでビール片手に感想を語り合える、そんな英国の状況に衝撃を受けました。

 日本でも2016年4月から障害者差別解消法が施行されましたが、英国には平等法という法律があり、劇場として公演期間中1回以上は字幕や手話通訳、視覚障害者のための音声ガイドを行うこととなっています。また劇場組合が運営するウェブサイトの項目の1つを使い、サポート付きの公演情報を発信しています。

 研修中に一度日本に帰国しましたが、東京芸術劇場で『表に出ろいっ!』公演にポータブル字幕が付くということで出かけました。今は亡き中村勘三郎さんと、野田秀樹さん、黒木華さんの3人芝居でしたが、リアルタイムで初めて笑いました。このときの感動は、展開をハラハラしながら観ることができたという意味で、今でも忘れられません。

 そして、このような経験をもっと多くの聴覚障害者に体験してもらいたい!と強く思い、研修を終えて、2012年、仲間たちとシアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA‐net)を立ち上げました。アクセシビリティとは「近づきやすさ」や「利用しやすさ」を意味し、幅広い人がサービスや製品を利用できることを意味しています。

 TA‐netでは現在、次に掲げる3本柱により活動を進めています。

1、情報収集と発信
 セゾン文化財団と日本財団の助成を得て、2014年にアクセシビリティ公演情報サイトを開設。字幕などのサポートがある公演情報は400件以上。ただし、「小さくてもできることから」を方針に掲げ、「メールやFAXでの予約受付」「受付での筆談対応」でも掲載OKとしています。最近は、劇団からの掲載申し込みが増え、演劇界での認知度が上がってきているようです。

2、支援技術の研究と実践
 アーツカウンシル東京の助成を得て、観劇サポートにチャレンジしてみたい劇団の支援を2015年から行っています。より適切な字幕や音声ガイドの製作には劇の創り手が一番だと分かり、より多くの劇団にチャレンジしてほしいです。

3、ネットワーキング
 個人や劇団・劇場からの相談対応、講演会、各種会合に顔を出して研さんを積むなどさまざまな方法で、人々とのつながりを構築しています。演劇や福祉だけでなく、IT関係、アートマネジメント関係など、多様な人たちとつながりを持つことで、視野を広げていきたいと思っています。

活動が評価され、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞
活動が評価され、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞

 文化活動は一部の人だけが享受するのではなく、社会全体が生活の一部として行うという認識を持つことが大事です。それによって、豊かな心を持った社会人が増え、多様性を持った社会を創ることができると信じています。

 国連の障害者の権利に関する条約第30条にあるように「スポーツ、文化的生活、レクリエーションに参加する権利」を、全ての国民が享受できるようにしていくことが、オリンピック・パラリンピックを控えた日本社会の大きな課題であり、挑戦ではないでしょうか。オリパラ関連イベントを中心としたさまざまな場で、「アクセス面の保障」がなされることが、日本がなしうるレガシーの一つだと考えています。TA‐netは、それを目指して今後も活動を進めていきたいと願っています。ぜひご支援をお願いします。


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