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醤油ソムリエール/黒島 慶子さん

黒島 慶子さん
日本食の美味の要「醤油」を未来につなげる
Profile

黒島 慶子さん/醤油ソムリエール
醤油とオリーブオイルのソムリエール&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油の町に生まれ、蔵人たちと共に育つ。高校、大学で美術を学ぶ。20歳のときに醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。
http://www.s-shoyu.com/kuro/


「利き醤油」を行っている様子
「利き醤油」を行っている様子

 私の活動拠点は小豆島の「醤(ひしお)の郷」。醤油蔵や佃煮屋が軒を連ねる。小豆島は江戸時代には海運業の拠点となり、運び込まれる大豆と小麦と島の塩を使った醤油業が栄えた。

 醤の郷で、私は全国でただ一人の「醤油ソムリエール」を名乗り、小豆島の醤油のプレゼンテーターとして活動している。主な内容は醤油のワークショップ、醤油の選定、醤油を使う商品やサービス提案、醤油の卸、デザイン、メディアでの執筆などがあるが、一貫して醤油の魅力を伝えている。例えば、依頼を受けて醤油を選定し、提供の仕方を提案、さらにパンフレットやWebサイトを作成。今は出版社から声をかけていただき、醤油の本作りに向けて企画、編集、取材や原稿執筆、撮影やイラスト作成、デザイン、レシピ作り、これら全てを手がけている。

 私が醤油の造り手と使い手をつなげる活動を始めたのは20歳のとき。幼いころから絵を描くのが好きだったので、高松工芸高等学校美術科、京都造形芸術大学情報デザイン学科に進学し、思うままに表現活動をしていた。しかし、これを作って何になるのかという気持ちが拭えず、卒業制作は私にしかできない、そして社会に機能するものをつくろうと決心した。そして、その題材を見つけるには、自分のルーツと向き合う必要があると思い、小豆島に帰り地元で活躍している人と会い、話を聞いてみたが、どうしてもピンとくるものに出合えなかった。しばらくして身近すぎて意識すらしていなかった醤油蔵に行ってみた。

 数件の蔵元を訪ねて、この醤油業こそが小豆島の未来を担うすばらしい産業だと気づいた。しかし、蔵人からは「もうからないから、継がせられない」などの声が聞こえ、強烈な違和感を覚えた。こんなにいいものを造っているのに、もうからないのはなぜだろう。醤油造りが途絶えると、子や孫の代の働くすべがなくなる。だとしたら、私が一生かけて、この醤油を使いたいと思えるような状況をつくっていこうと強く心に誓った。

 まず、島の醤油屋さんの情報を集めた公式ウェブサイトを作成。さらに「醤油の造り手に夢中な女子大生」という設定でブログをつくり、Web上で小豆島の醤油について情報発信すると、さまざまな人から声がかかってきた。そして情報を発信するスキルを磨くため、デザイン事務所に3年半勤務し、その間もブログは続けた。帰省している間は醤油蔵に通い詰め、ネタを集めては発信した。

 そして2009年の9月に島に帰って独立。翌月に小豆島で醤油サミットが開催され、全国から集まった蔵人から知識や働きを認めてもらえ、正式に「醤油ソムリエール」と名乗るようになった。

 今は小豆島に帰って8年目。醤油の造り手と使い手をつなげる活動を始めて14年目となった。さらに活動を始めて10年目から自身の言葉の説得力をつけるために全国各地の蔵元を巡り始めた。今では訪問した数100軒を超え、全国展開する小売店や出版社から執筆などの依頼が入るようになり、2015年4月には『醤油本』(玄光社)を「職人醤油」の代表・高橋万太郎さんと共著で出版。私の想いがより広く伝わるようになった。

 「醤油を選びたくても、醤油について聞く人がいない」、「黒島さんに出会うまで、醤油を意識したことがなかった」と言われることも多い。そして、自分好みの醤油と出合った人から「おかげで料理がぐんとおいしくなりました」と喜んでもらえている。小さなことだが、この積み重ねが未来を変えると気づき、今ではとにかく醤油を選ぶように伝えている。選ぶ先は何でもいい。選ぶことが蔵元を支えるし、何より消費者一人ひとりの子や孫においしい醤油、ひいてはおいしいご飯を伝えることにつながる。醤油は安いので、選んで損はない。選び方が分からないときは、相談してほしい。私もより役に立てるよう、これからも蔵に通い続け、醤油の知識と蔵人との関係を育んでいく。


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