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テルミン奏者/大西 ようこさん

大西 ようこさん
「世界最古の電子楽器テルミンと共に」
Profile

大西 ようこさん/テルミン奏者
お茶の水女子大学・東京大学大学院で物理学を学び、後にテルミンと出会い、テルミン奏者に。映画『シルバー假面』のサントラや『ゲゲゲの鬼太郎』等テレビアニメの効果音も演奏。最近では、現代作曲家にテルミンのための作品を積極的に委嘱し、テルミンの楽器としての地位確立にも貢献している。
http://homepage2.nifty.com/YOKO/


 1920年10月。ロシア革命直後のソヴィエト。世界初の電子的に音を出す楽器の音が鳴り響きました。通常「音曲を奏でる」といえば、ピアノや太鼓のように物理的に弦や膜を振動させて、音を出す楽器しかなく、電子と音楽との関係など誰も考えなかった時代です。発明したテルミン博士の名前を取って、その楽器は「テルミン」と呼ばれました。公式に発表されたのは、それから1年後の全ロシア電子技術会議。およそ音楽に似つかわしくない場所でしたが、電子音楽という分野の新しい時代の始まりを示唆する場所でもありました。

 テルミン博士は、その技術を携えてアメリカに渡りました。テルミンの原理に触発されて、アメリカのモーグ博士はシンセサイザーを作りました。現代の音楽シーンを大幅に塗り替えたシンセサイザーのルーツがテルミンにはあるのです。

 けれども、テルミンの演奏法の習得は困難を極め、電子楽器の祖でありながら、いつしか歴史の波に埋もれてしまった幻の楽器でもあります。その運命は、ロシア帝国が滅び、ソヴィエト連邦が生まれ、さらに崩壊という激動の歴史が、発明者のテルミン博士に強いた数奇な人生ともオーバーラップして、私の心をとらえて離しません。

自然の中で奏でるテルミン
自然の中で奏でるテルミン

 テルミンの大きな魅力の1つに、楽器に触らずに音を奏でるという演奏スタイルがあります。鍵盤のような物理的ガイドは何もなく、演奏者は楽器に手をかざして音曲を奏でます。空中の動きだけでサウンドを紡ぎ出します。

 演奏中、何にも触れないので、テルミンを演奏していると、この空間全てから、ひいては、宇宙森羅万象全てから音を紡ぎ出しているイメージを強く感じます。テルミンは、近くに動く物があると反応してしまいます。よく「客席はどのくらい離れていれば大丈夫ですか」と聞かれますが、これは厳密にいうと、どこまで離れても存在する物全てが音に影響を与えるのです。今の世界によって作られている磁場がこのようなものであって、そして、その磁場から生まれる音。宇宙が始まって以来の過去から、そして未来から到来する、異邦人の声―。

神奈川県鎌倉市・建長寺での演奏
神奈川県鎌倉市・建長寺での演奏

 同窓会で古い友人に「職業としてテルミンを弾いている」と言うと、とても驚かれます。というのは、学生時代の私は勉強ばかりしていて、将来は研究者になりたいと思っていたような子でした。

 「きっかけは何だったんですか」と、よく聞かれます。大抵「やってみたら、はまりました」と答えています。実は、世界で一番テルミンが盛んな国は日本だといわれ、愛好家も多いです。テルミンは常に楽器と会話をし、楽器に寄り添っていかないと演奏できない楽器です。終始、自分の音を聴きながら、それを次の音にフィードバックさせていく。その内省的な演奏スタイルは、何かに対して心を込めて祈っているとき、あるいは座禅をしているときの心の持ち方に近く、自分との対話、宇宙との対話、ひいては自分から宇宙への道を体感する時間をも生み出します。そんな演奏スタイルが、きっと日本人にあうのだろうなと思います。

 もし、この世の中に音楽がなかったら。世界は、今とはずいぶんと違うものになったでしょう。

 私は、日本の古歌やいわゆる文部省唱歌といわれる学校の授業で昔に習った…みたいな曲をテルミンで演奏するのが好きです。そういう曲は、きっと、聴く人の幼少期の思い出とつながっていて、大人になったら忘れてしまった大事なことを思い出すよすがになると考えています。聴いた人の心の中の一番美しい部分、一番やさしい心、一番善なるもの。「ああ、そうだ、自分はこういう人間だったんじゃないか」「世界はこんなにも美しいものだったんじゃないか」。そんなことを思い出してもらえるような触媒となる演奏ができたら、うれしいと思っています。

 そんな気持ちで、学校や神社やお寺、介護施設などさまざまな場所で演奏してきました。あるとき、とある女子更正保護施設に演奏会で訪れました。女子更正保護施設は、罪を犯して刑に服した後、戻る場所のない女性たちを預かり、社会復帰の手助けをする施設です。その施設長さんに、先に書いたような話をよもやま話でしましたら「ここに来るような子は、幼少期に良い思い出ってものがないんですよ」と言われ、ガツンと頭を殴られた気がしました。自分の思い上がりと浅はかさを思い知らされたようで。

 けれども、もうプログラムは決めて、伴奏者とも用意をしてきています。そのままのプログラムで精一杯の演奏をしました。迷いの気持ちで演奏した音楽は、不安定だったかもしれないと思うのですが、感受性豊かな年頃の女の子がそっと泣き出したときは、私も一緒に泣きたくなりました。後日、たくさんの感想文が施設から届けられました。通常、感想文はテルミンや楽曲について主に書かれています。しかし、このときは、圧倒的に、自分の生い立ちや母親のことなどプライベートについて書いてくれた方が多かったのです。私の拙(つたな)い演奏を聴きながら、こんなことを考えていてくれたのかと、やはり、また泣きたくなりました。

何にも触れずに演奏する楽器、テルミン
何にも触れずに演奏する楽器、テルミン

 ガタンゴトンと揺れる電車に乗って、窓から外を眺めているときなどに、こうしたいろいろな演奏会の思い出が頭の中に蘇ります。もう顔も分からない方たちが多いですが、それでも、出会って共有した時間は宝物として心の中にしまっています。いつか、またお目に掛かれますようにと、演奏をしてお別れを告げるときにはいつも思います。

 音楽は魂の出口です。願いがあって音楽が生まれ、祈る心があって音楽に命がこもります。そして、世界が少しずつ変わっていきますようにと、祈りの心を込めて、これからもテルミンを弾いていきます。



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