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温故知新専門家山本 直味さん

山本 直味さん
「『昭和初期料理』を『現代』に作る」
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山本 直味さん/温故知新専門家

 

はじまりは婦人雑誌の付録

『うどんのトマト煮』…最初に作った料理
『うどんのトマト煮』…最初に作った料理

 料理が苦手である。食べるのは、そこそこ得意ではあるが、作ることは大の苦手だ。

 まず、野菜を洗うのが面倒くさい。食材を刃物で切るのも面倒だし、煮る・炒める・味を付けるなど、ほとほと面倒な作業である。なのに、そんな面倒な作業をするブログを、もうかれこれ7年近く続けている。

 ブログの名前は『温故知新で食べてみた』。戦前、主に昭和元年から13年の婦人雑誌などに掲載されている和洋折衷料理を、当時のレシピのままに再現して、食べてみるというものだ。

 漫画家志望であった私は十数年前に『ちばてつや賞』という漫画新人賞に入賞し、その後、デビューに向けて、コツコツと漫画を描いていた。舞台は主にもともと興味のあった昭和初期。あっちの図書館、こっちの資料館とネタ探しに調べ歩く日が続いていた。

 8年前の春だったと思う。昭和初期の若者が、どんな料理を食べていたのかを知るために、食に関する本を集めた図書館に行った。そこで、婦人雑誌『主婦之友』の昭和7年7月号の付録『お惣菜向きの洋食三百種』というレシピ本を見た。その瞬間、目がくぎ付けになった。70年以上前のものとは思えない、カラフルで、しゃれたデザインの誌面に、ユニークな料理の数々が載っていたからだ。

 ゆでた魚に、すったキュウリで作ったソースをかけたもの。キュウリに挽肉を詰めて、フライにしたもの。うどんをグルグルと巻いてカップ型に成形した中にサケとマッシュポテトを詰めて蒸し、トマトソースをかけたもの。

 どれも私の目には新鮮に映った。「どんな味なんだろう?」。興味が頭をもたげた。「食べてみたい」。沸々と思った。

実際、作ってみた

『干魚のポテト詰め』…意外においしくて印象に残っている料理
『干魚のポテト詰め』…意外においしくて印象に残っている料理
『カステラのゼリー』…イマイチな味で印象に残っている料理
『カステラのゼリー』…イマイチな味で印象に残っている料理

 しかし、先ほど述べたように、私は料理が苦手である。魚一つ焼くにしても焼き加減が分からず、大抵は、コゲッコゲにしてしまう。故に、失敗度数の低そうな料理から作りはじめた。

 最初に作ったのは、『うどんのトマト煮』。うどんの乾麺をゆでた後、バターで炒め、砂糖や塩などの調味料とトマトソースで味を付ける、というものだ。この料理、レシピには、「バターではなく胡麻油でもよい」と書かれていたが、意外性からいえば、ここはバターだろう、とバターを選択。その結果、さほど意外な味ではなかったのだが、それでも今までに味わったことのない、不思議な塩加減とバターの風味が利いた、トマトうどんとなった。

 アジの干物の腹にマッシュポテトを詰める『干魚のポテト詰め』はダイナミックな出来上がり図にひかれて挑戦してみたのだが、これは思いの外、干物の塩加減とマッシュポテトが合っていて、おいしかった。

 このように意表を突いた食材や調味料の組み合わせであっても、おいしい料理もあれば、口に合わなかったものも少なくない。

 例えば、『カステラのゼリー』。桃を水煮して作ったジャムをカステラに挟み、器に入れ、そこに水煮の汁で作った寒天液を流し込んで冷やす、というお菓子で、飾りにバナナの輪切りをちょいと浮かべる。これは、カステラに染み込んだ薄味寒天の弾力が何とも言いようのない食感を生み出し、かめばかむほど、いかんともしがたい味となった。また、「ゼリー」といいつつ、実際は寒天を使っているという緩さは、昭和初期のある種の大らかな雰囲気を映し出しているようで、それも印象に残った。

 ところで、これらのレシピ、出来上がり図のない、文字だけのものも少なくないので、出来上がりが正しいのかどうかが、不安な場合がある。 

 また、具体的な分量の表示がないレシピも度々出てくる。「お好みで」と書いてあるのはまだいい方で、食材と調味料が並べられた後、「これらを煮る」ぐらいのカンタンな手順しか載せていないレシピも、まれにある。材料に書かれていた食材や調味料が手順の中に出てこないことも、しばしば。料理が苦手ならば、ここでへこたれるところだが、実験大好きっ子だった私は、それに近い感覚で捉え、どんな結果が出るか、ワクワクしながら作っている。

先生方の熱い思い

 執筆陣は、料理学校の先生、有名レストランのシェフ、そして医者や教授の奥さま、今でいう、セレブの奥さまなどである。

 特徴として、料理学校の先生は実用的、シェフの料理は見た目が美しい料理が多いように思う。そしてセレブの奥さま方の料理であるが、セレブとはいえ、やはり家庭の主婦。身近な食材で経済的な料理を型にはまることなく、創意工夫している。結果、先に述べた『干魚のポテト詰め』のような独創的な料理も、度々生み出されることとなる。こういうところは、今と変わらないなあ、と思う。

 明治のころから、入りはじめた西洋の食材や調味料をもっと食べてもらうために、日本人の口に合うようにと考案された和洋折衷料理だが、先生方も洋食に慣れ親しんだ結果、幅広く応用を考えられるようになってきたのが、この昭和初期だと思う。そして、先生方自身がそれを楽しんでいる様子が文面から生き生きと読み取れるのが、私にはとても興味深い。特に昭和7、8年ごろがそういった高揚感に満ちているように、私には思える。

『温故知新料理』を作りつづける訳

 戦前の料理本は、図書館では、その多くが閉架されている。

 つまり、カウンターでの手続きが必要となるのだ。これらの資料を見ているうちに、私はふと思った。食によって家族が明るく健やかな毎日を送られるようにと考えられたレシピが、歴史的価値があるとはいえ、すぐには手に取りづらい場所に置かれているのは寂しいな、と。昭和初期は現代から見れば、もはや時代劇に近い時代だと思う。でも、時代が違っても、この料理を作って食べてもいいのではないか、と。そして、作り続けるうちに、こんなにユニークな料理が世間一般の人に知られていないのは、もったいない。いろんな人に見てもらいたい、そして食べてもらいたい。そう強く思うようになった。料理が苦手な私が、コツコツとブログを続けている理由が、そこにある。

 できれば今後、これらの料理を実際に、一般の方に食べてもらう機会を作りたい。また、料理の上手な方や若い方などが興味を持ってくれて、どんどん作ってくれたらいいな、と思う。

 いつの日か、人々の日常生活の中に、この『温故知新料理』が、すうっと入り込んでくれたらなあ…と思うのだ。



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