Wendy-Net トップページ > Woman > Back Number > 染色画家 鳥羽 美花さん

Woman

BackNumber

染色画家/鳥羽 美花さん

鳥羽 美花さん
「残された風景 forever in one's soul」
Profile

鳥羽 美花さん/染色画家


ベトナムとの出合い

 人には大きく生き方を変える出合いがある。私にも人生を変えたターニング・ポイントがあり、それは1994年ベトナムとの出合いだった。

 その出合いは多くの作品となり、消失した風景が『残された風景』として、今は息づいている。

 私は、京都市立芸術大学で型染めに出合い、その古い伝統と斬新な手法に魅せられた。しかし、伝統的なモチーフに何か窮屈なものを感じ、新しいものを求め始めていた。その時、偶然ベトナムという一つの国に導かれるように出合った。

遠い視線

『遠い視線』
『遠い視線』

 1994年のベトナムは、新しく発展し始めたばかりだった。ドイモイ政策、それまでの社会主義体制、共産党の一党独裁という政治体制はそのままに、経済改革、外資導入に積極的に乗り出し始めた。日本とベトナムの関係は、今でこそ最も緊密な二国間関係の一つといっていいほど良好だが、当時は日本からベトナムを訪れる人は珍しかった。そんなベトナムに足を踏み入れた私だが、ホーチミンのホテルから目にした光景は圧倒的な迫力があった。その時の感動を作品『遠い視線』に仕上げたが、その作品に添えた文章がある。

 『カーテンを開けると窓の向こうは輝く緋赤が街全体を包んでいた。
 赤は、色味を変えて刻々と変わっていく。スカーレット、ルビン、ローズ、ポンソー。見飽きることはなかった。
 なんて豊かな世界なのだろう。室内は空気が張りつめ、ため息が聞こえるようだった。
 眼下の色の広がりの中には、相反するすべてのものが存在していた。
 屋根瓦、街道、生い茂る緑からのぞくテトライト、公園には火炎樹の真っ赤な花が咲き誇り、通りには金星紅旗がはためいていた。
 大地から豊かなエネルギーが立ち昇り、水蒸気とともに発散している。
 ロータリーから放射状に広がる街路は、間断なくバイクの波が続いている。国全体が活気と喧噪に包まれながら大きく動いていた。
 圧倒的な色の広がりの中にあふれる街の大きさは、細かな秩序を持ち、ある一つの法則の下に作り上げられているようだった。
 近代高層建築が立ち並び始めた隣では、静かに息づいている過去の余韻が、誰にも気付かれることなく、失われようとしていた。
 通り過ぎた時間の流れは複雑で奥深く、街区の隅々まで決別の雰囲気が染み込んでいた。
 この国の視線の向こうにあるもの。それは過去ではなく確かな未来へと注がれ、そして透徹していた』

 それ以来、毎年ベトナムを訪れ、ホーチミン、そしてハノイはもちろん、チャンパ王国の遺跡ミーソン、ベトナム戦争の銃弾が建物に残る教会、かつては栄えた港町ダナン、日本人町のあったホイアン、そして古都フエなど、導かれるようにベトナム各地を訪れた。

発展するベトナム

『かげろう1』ハノイ市内
『かげろう1』ハノイ市内
『晨―フエより』
『晨―フエより』

 ベトナムは不思議な国だ。フランスの植民地となったが、その旧主国と戦い、これを破り独立する。その直後からアメリカとの戦いが始まる。圧倒的な軍事力で迫るアメリカだったが、ついにベトナムが勝利する。さらには中国と戦う。大国と戦い勝利する、こんな国は世界にどこもない。

 意志の強靭さ、国民の団結力は素晴らしいものだ。このベトナムが経済改革に乗り出し、大きく変化する。日本はその変化に寄り添い、タンロン工業団地の造成、円借款供与によるインフラ整備と支援の手を差し伸べてきた。その後のベトナムの発展は目覚ましいものだ。国は若く、人口の半分は20歳以下、人々はとても勤勉だ。ベトナム各地を訪れると、とりわけ女性のたくましく働く姿が目につく。漁村でも重い荷物を持って働くのは女性、ハノイの街でも私の好きな36通り、古く入り込んだ通りに所狭しと商品が並べられているが、ここでも女性が働き手だ。男の人は集まってお茶をしている、そんな光景もよく目についた。

作品の中のベトナム

 ちょうど私がベトナムと出合った時期とベトナムが大きく変化する時期が重なり合っていた。訪れるたびに街の姿は変わってゆく。仏領時代の薄黄色の建物と、それに寄りかかるように杭で支えられたおびただしい数のバラックの家々、眼前に広がる幻想的な光景を作品に仕上げたが、数年後、その場所を探しに行くと、目に残した光景は跡形もなく変貌していた。

 それらが今、私の多くの作品に『残された風景』として息づいている。これまで何度かハノイ、ホーチミン、そして古都フエで展覧会を開き、ベトナムの方々に私の作品を見ていただいた。日本人がベトナムの光景を描く、その手法が型染めという日本古来の染色技法だ、ということでベトナムの新聞やテレビでも大きく報じられた。

真の交流を

 今日、日本とベトナムとの関係はとても緊密である。日本からの企業進出もこの10年間で急増している。しかし、こうした経済交流を支えるのは人と人との交流、心の交流だと思う。ベトナムの人々は教育熱心で、高度に発展した文化を誇っている。そのベトナムが真に日本の友邦となるためには心の通った相互理解を深めることがとても大事であり、私が細々と行ってきた文化交流も少しはお役に立つことがあればと願っている。明2013年は日越外交関係40周年にあたり、私もベトナムとの出合いの地であるホーチミンに立ち戻り、記念展覧会を開催すべく準備を始めている。



BackNumber

(無断転載禁ず)