Wendy-Net トップページ > Woman > Back Number > 京都国際マンガミュージアム 研究員 倉持 佳代子さん

Woman

BackNumber

京都国際マンガミュージアム 研究員/倉持 佳代子さん

倉持 佳代子さん
「少女マンガの原画」
Profile

倉持 佳代子さん/京都国際マンガミュージアム 研究員
お問い合わせ先
京都国際マンガミュージアム
http://www.kyotomm.jp/


 

マンガの展覧会の課題

原画ダッシュ展示「少女マンガの世界」展(2011年度開催)【上下】)
原画ダッシュ展示「少女マンガの世界」展(2011年度開催)【上下】
原画ダッシュ展示「少女マンガの世界」展(2011年度開催)【上下】

 近年、マンガの展覧会は増え、各地で開催されるようになった。そうした展示の目玉になりやすいのは、マンガの原画である。欄外に書かれた鉛筆の指定、雑誌や単行本では分からなかった細かな線に淡い色。マンガ原画の展示では、作者の制作の裏舞台や、雑誌や単行本の印刷技術では再現されなかった部分などが見られるので興味深い。中でも、少女マンガの絵は繊細で、その美しさは、単行本や雑誌の印刷では、なかなか再現しきれない。昔の印刷技術では特にそうだった。

 しかし、少女マンガの原画はその繊細さ故に劣化も早い。細かく貼られたスクリーントーンやホワイトの処理などは、時間がたてば剥離し、淡い色は退色していく。特に、展示では、照明などにより、そうした劣化を早める危険性がある。

 マンガ原画の展示は、読者の楽しみのためだけではなく、研究者や後進作家にとっても、貴重な機会であるため、多数開催されることは望むべきところだが、後世に残すべき原画の公開と保存の両立は、大変悩ましい問題である。

アーカイブのための 複製・原画‘(ダッシュ)

 こうした問題の1つの解決策として私が関わっているのが、京都精華大学と京都国際マンガミュージアムによる、精巧な複製「原画ダッシュ」を作るプロジェクトだ。紙の破れ、シミ、訂正のために紙を重ねて貼り付けた様子まで、原画と寸分たがわない再現を目指すもので、単なるコピーとは違う。販売を目的とした複製とも違い、あくまでマンガ研究の一助として、現存の原画の情報をそのままアーカイブすることが目的の複製である。

 そもそもの発端は、漫画家の竹宮惠子さんが、自身の個展のためにパソコンで色調整するCG印刷と格闘したところ、ある日偶然に、原画に極めて近い複製が出来たことから始まる。竹宮さんは、これを偶然のものにしたくないと研究を続け、さらには、他の作家の作品のアーカイブにも役立つと考えた。2000年、竹宮さんは京都精華大学の芸術学部マンガ学科教授に就任(現在はマンガ学部教授)。翌年、大学との共同研究に発展させた。

 まずは、最も劣化が危惧される黎明期の少女マンガから、アーカイブしていく必要があるだろうということで、10年続けてきた。現在は、松本かつぢ、上田としこ、わたなべまさこ、今村洋子、高橋真琴、水野英子、牧美也子、あすなひろしなど、14名の作家の508点を所蔵している。しかし、少女マンガの繊細な原画の複製を再現することは、想像以上に困難で、10年は、試行錯誤の繰り返しであった。

 

細い線と色の再現

原画ダッシュの色の確認の様子
原画ダッシュの色の確認の様子

 制作される作品は、一作家につき、だいたい30点くらい。なるべく、その作家の仕事の全貌を垣間見られるようセレクトする。カラー、モノクロの作品のバランスも重要だ。

 少女マンガの原画の再現で、一番苦労したのは、まず細い線だ。あすなひろしさんの原画を見た時は、制作スタッフは皆、唖然とした。他の漫画家が「人間業ではない」というだけあって、とにかく線が細いのだ。また、普通の漫画家なら、ホワイトで上塗りする髪の毛のツヤなども、白い部分を抜いて、カケアミで表現したりもする。とにかく手間のかかる作業も、こだわりぬいて、描いていたのだ。これらは印刷された画では、当然知ることができなかった情報である。あすなさんの線は、最大の解像度にしてもスキャナーでなかなか拾いきれず、複写をすると、どうしても本物より線が太く写ってしまう。印刷機のインクのノズルの太さや、インクのにじみ具合なども実感し、細く見える線の色を模索した。あすなさんの作品以外でも、少女マンガは、とにかく細い線が多い。輝く金髪や影、模様を描くためだが、複雑な心の機微を描く少女マンガにおいて、細い線は重要な要素だったからかもしれない。

 ピンクや水色などの中間色、蛍光色も難題だった。1960年代後半くらいからは、画材屋でカラーインクが手に入るようになり、漫画家たちはすぐ取り入れた。特に、蛍光のピンクはよく使われたようで、これを再現するのがまた至難の業だ。スキャンすると赤に近くなるため、何色に何色を合わせれば何色になる、といったことは一枚一枚、試しながらノウハウを蓄積した。1枚に、3〜4時間から1日。難しいものだと、1カ月近くかかる。制作スタッフは、竹宮さんとともに、1枚ずつ、入念にチェックを繰り返し、本物の色に近づけていった。

 

展覧会や座談会の開催

2011年12月開催の座談会の様子
2011年12月開催の座談会の様子

 苦労の末、完成した原画ダッシュは、京都国際マンガミュージアムではもちろん、各地の展覧会で活用されている。また、会期中には、作家たちによる座談会なども開催し、当時の話を聞く機会も作った。黎明期の少女マンガについては、まだまだ十分な研究がなされてないこともあり、原画ダッシュを通した作家との交流は、貴重な証言を得る機会にもなった。例えば、「サザエさん」の長谷川町子さんと同世代の上田としこさん(08年没)は、第2次大戦後間もないころ、女性が働くこと、そして漫画の世界を新しく切り開くことが、いかに大変だったかを私たちに話してくださった。貸本漫画の時代から活躍するわたなべまさこさんは、80歳を過ぎた今も月に50ページほど漫画を描き、次回作の構想もあるという。原画一枚一枚にかける情熱に触れたとき、私はこのプロジェクトの意義を改めて感じる。作家たちは皆、命を削りながら、作品を描いてきた。そこに妥協は見られない。だから、私たちもできる限り、妥協はしたくない。原画を余すことなく再現することはなかなか難しいが、作家たちの熱い想いをも読み取れる精巧な原画ダッシュを目指したい。

 今後の展開としては、海外での展覧会を検討している。日本の少女マンガは、世界でも類を見ない発展を遂げた文化なので、海外でどのような反応があるか楽しみだ。早速決まっているのは、2月27日から3月4日まで開催される、パリのポンピドゥーセンターでのプチ展示である。日本のマンガはフランスでは大人気であるが、黎明期の少女マンガについては、ほとんど知られていないはずだ。少女マンガの歴史の奥深さ、それにかけてきた作家たちの想いが、フランスの人たちにも伝わればと願う。



BackNumber

(無断転載禁ず)