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大成建設ギャルリー・タイセイ学芸員/林 美佐さん

大成建設ギャルリー・タイセイ学芸員/林 美佐
「ル・コルビュジエの絵画とともに」
Profile

林 美佐/大成建設ギャルリー・タイセイ学芸員
■お問い合わせ先
大成建設ギャルリー・タイセイ
住所 横浜市中区長者町6-96-2横浜第二有楽ビル3階
電話 045-250-4080



ル・コルビュジエと日本、そして私

 ル・コルビュジエ(1887〜1965)といえば、20世紀の建築を代表する巨匠として、建築に興味のない人でも名前ぐらいはご存知のことと思います。とくに日本においては、偉大な建築家たちの中で最も身近で特別な存在です。

 それは、「サヴォワ邸」や「ロンシャンの礼拝堂」などの、ユネスコ世界文化遺産の候補作品の中に、東京・上野の「国立西洋美術館」が含まれているからということだけにとどまりません。彼の名前はすでに昭和初期から多くの雑誌で紹介され、昭和4年には一大ブームを巻き起こしてさえいるのです。さらに前川國男、坂倉準三、吉阪隆正をはじめとする何人もの建築家たちが彼のもとで修業に励んだことも、日本人のル・コルビュジエ好きに拍車をかけたと言ってよいでしょう。

 私は現在、大成建設ギャルリー・タイセイにおいて、そんな彼が残した絵画と建築との関係を中心に研究し、展覧会の企画運営などの仕事をしています。

 ル・コルビュジエとの出会いは子供のころにまでさかのぼります。家にあった建築関係の雑誌に載っていたダイナミックな建築物の写真に強くひきつけられ、それは子供心に強く印象に残りました。当然のことながら、建築家の名前までは覚えていませんでしたので、学生になってル・コルビュジエに興味を持つうちに、資料の中に記憶の建物を見つけたときには、不思議な縁を感じたものでした。

ル・コルビュジエ「ロンシャンの礼拝堂」(1955年)<撮影:下田泰也>

ル・コルビュジエ「ロンシャンの礼拝堂」
(1955年)<撮影:下田泰也>

ル・コルビュジエの絵画制作

 ル・コルビュジエはスイスに生まれ、パリを拠点に活動します。1920年代初めには、まだ建築の仕事はほとんどなく、むしろ画家として積極的に作品をつくっていました。「エスプリ・ヌーヴォー(=新しい精神)」という総合芸術雑誌を発行することで、建築に対する彼の新しい提言が注目を集め、一躍その名を知られるようになり、建築家としての業績を積んでいくことになります。同時に、彼の画家としての活動は建築の陰に隠れるようになっていきました。

 ル・コルビュジエが事務所に姿を現すのは決まって昼過ぎで、午前中は自宅につくったアトリエにこもって絵筆を握っていたといいます。《彼は愛犬を「絵筆」と名付けていました。》現在、存在が分かっている油絵だけでも450点が残されていますが、それだけに建築と絵画はまさに創造活動の両輪でした。しかも、戦争中、建築の仕事に恵まれなかった時期を精神的、経済的に支えたという意味でも、絵画は重要な存在だったのです。

ル・コルビュジエ「静物」(1926年)

ル・コルビュジエ「静物」(1926年)


ル・コルビュジエの絵画との出会い

 私が彼の絵について知ったのは学生時代でした。建築家ル・コルビュジエについては子供のころの思い出もあり、気になる存在でしたが、彼が絵も描いていたことを知ったことで、一層興味がわきました。ただ実際に見られる機会はほとんどなく、出版物を眺め、フランスやスイスの美術館に足を運び、ようやく十数点を目にすることができた程度でした。

 その後、東京都内の美術館に勤めていたとき、スイスの収集家が持っていたスケッチ類190点を大成建設が一括して購入し、ギャラリーを設立することになったので、その運営と作品調査をしないか、というお誘いを受けたのです。願ってもない機会です。1991年、同社に入社してそれらの作品を身近にし、その面白さにひかれました。

ル・コルビュジエの美術作品と建築

 1920年代前半の絵画は、コップやボトルなどの日用品に簡素で純粋な幾何学的な美しさを見出し、それらを穏やかな色調で描き出したものでした。いくつものオブジェの輪郭は連なって、一筆書きのように描かれました。個々のオブジェは平面的で、薄板が重なるような表現で奥行きを暗示したのですが、こうした色合い、空間の奥行き感は建築と共通する表現であり、流れるような視線の動きは彼の「建築的プロムナード」を想起させます。

 20年代後半になると、幾何学的形態は徐々に膨らみを見せ始めます。貝殻や骨などが登場し、見る者を不思議の世界に誘うシュルレアリスティックな絵を描くようになります。

 30年代の初めごろからは女性をひんぱんに描くようになります。特にふくよかでたくましい女性の絵が目につくのは、愛妻イヴォンヌをモデルにしたからだと思われます。30年代半ばになるとデフォルメが進み、徐々に人体からは乖離していきます。建物の中にも、独特なカーブが多く見られますが、女性を好んで描いたことと関係があるのは間違いありません。

 晩年はさらにユニークなシンボルや形態を描き出し、独特の物語世界をつくりました。中でも牡牛は繰り返し描いた題材で、力強さのシンボルに自分自身を重ねていたように思われます。

成建設ギャルリー・タイセイ会場風景 <撮影:上岡弘和>

成建設ギャルリー・タイセイ会場風景 
<撮影:上岡弘和>

ル・コルビュジエ展の開催

 大成建設ギャルリー・タイセイは1992年にオープンして以来、17年間にわたりル・コルビュジエの活動を多角的に紹介する展覧会などを開催してきましたが、これらには、建築を学ぶ学生を中心に多くの方が見にきてくださいました。とくに夏や春の長期休暇中には遠方からの学生も立ち寄ってくれました。常連だった学生たちとは今でも交流が続いていて、中には大学で教える立場になっている方もいて、とてもうれしく思っています。また、昨年は、ル・コルビュジエの弟子であった南米コロンビアの建築家の業績を紹介するなど、小さいギャラリーなりにル・コルビュジエを核に据えた特色ある活動を行うことができました。現在は、横浜・関内においてギャラリー活動を行っています。

 近年、ル・コルビュジエの美術作品を鑑賞するチャンスは少しずつ増えています。2年前には東京の森美術館で大規模な展覧会が開かれ、60万人を超す来場者を迎えました。この展覧会に、私は企画監修者の一人として参加しました。ちなみに同館は大成建設同様、ル・コルビュジエ作品のコレクターとして知られています。昨年は四日市、広島、軽井沢でもル・コルビュジエ展が開催されましたし、来年も松山において大きな展覧会が予定されています。ありがたいことに、いずれの展覧会にも参加させていただいています。

 ル・コルビュジエが亡くなって早45年。それでもいまだに新たな発見があり、研究対象として興味が尽きません。私はこれからも絵画作品を切り口に、彼の実像に迫っていくつもりです。そして、ル・コルビュジエの業績を少しでも多くの方に知っていただけるよう、活動していきたいと思っています。



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