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日本蜘蛛学会会員/船曳 和代さん

日本蜘蛛学会会員/船曳 和代
「クモの網に魅せられて」
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船曳 和代/日本蜘蛛学会会員
■お問い合わせ先
Eメール fwpf8914@mb.infoweb.ne.jp



ムラクモヒシガタグモの網

ムラクモヒシガタグモの網

ヒラタグモの網

ヒラタグモの網

カタハリウズグモの子グモの網

カタハリウズグモの子グモの網

ヒメグモの網

ヒメグモの網

クモの巣マニア

 野山で網の採集をしていると、「何してるんですか」と尋ねてくる人がいる。「クモの網を採ってるんです」と答えると、「えっ、クモの網、そんなもん集めて何になるん」「物好きな人もおるんやなあ」と何か別の生き物でも見るような目で見られる。こんな変なことをしている私に付いたニックネームは「クモの巣マニア」!でも私が採集しているのはクモの“網"で“巣"ではない。巣は住居、アリの巣とかトリの巣とかいうではないか。網はエサを獲るための場所で巣は別にあることが多い。

クモは小さな芸術家

 私が網の採集を始めたのは20年余り前のこと。当時日本蜘蛛学会の会員であった私は暇さえあれば野山へクモ採集に出かけていた。そして図鑑で名前を調べ、ちょっと珍しいクモやきれいなクモが採れると喜んでいた。その内クモよりも網の美しさに惹かれるようになった。木漏れ日を受けて虹色にきらめく網、水滴を付けると銀色のガラス細工に変身する網、それにも増して幾何学的な美しい網形。クモは素晴らしい芸術家ではないか、この形をどうにかして取り出し、保存し、必要に応じて手に取り見ることができないものだろうかと考え始めた。幸い図鑑には網の展示標本の作り方が紹介されていた。それを参考に試行錯誤し、改良を加え、今の方法にたどりついた。そしてここ10年ほどの間に約80種およそ2000枚の標本を作成している。

 網というと大方の人が渦巻き型に編まれた円網を思い浮かべる。だが私たちのごく身近にも、三角形の扇網、ドーム型やハンモック型の皿網、糸を迷路のように引き回した不規則網などいろいろ見られる。これでエサが獲れるのかと心配するほどシンプルな網もあれば、ガーゼのように木目の細かな網もある。

 現在日本のクモの網形は大きく分けると11種、細かく見ると50種余りが知られている。そのすべてが幾何学的で美しい。

網形とエサの捕獲方法

 網形とエサの捕獲方法は密接に結び付いている。ここでいくつか紹介してみよう。

 ヒラタグモは古い家の壁や塀、石垣などに円盤状の住居を作り、そこから四方八方へ糸を伸ばす。この糸は電柱を立てて架設する電線のようにちょっと浮いていて、虫が触れるとクモが飛び出してくる仕組み。

 夜、地面と葉や枝の間にX状の網を張り、交差点で釣り人のようにエサを待つのはムラクモヒシガタグモだ。2本の糸の先には小さな粘球が付いている。地面を這ってきた虫がこの粘球に触れると糸が切れ吊り上がる。そこへすかさずクモが近付き、粘る糸を虫に投げかけ、引っ張り上げ、かみつく。

 ゲホウグモの円網は横糸の間隔が1ミリにも満たないほど緻密に編まれている。懐中電灯で照らすと、まるで夜空にかかる銀色のレコード盤のように美しい。同じ円網でもトリノフンダマシの仲間が張るのは、まるでスパイダーマンが投げる網のようにスカスカの網。縦糸も横糸も10本前後しかない。だが付ける粘球は大きく強力で、しかもエサがかかった瞬間横糸の片方が切れ、虫が宙吊りになる仕掛けになっている。面白いことにどちらも鱗粉の多い蛾をターゲットにしている。

 細長い体のオナガグモは、クモを主食にしているユニークなクモだ。網は粘着力のない、か細い糸を数本ゆったりと引くだけのもの。中ほどに止まったクモは、のんびりと風に揺れている。だがこの一見安全に見える糸がクモの仕掛けた罠である。安心して伝い降りてくる子グモがいると即座に粘球の付いた糸を投げつける。

 ヒメグモの網は糸を迷路のように張り巡らせた不規則網と、それを受けるシート網の二段構えになっている。飛び込んできた虫がシート部分に落ちてきたところを、枯葉を丸めた住居から走り出てきたクモがかみつき、糸をかけ捕らえる。皿網も同じ仕掛けである。

 成長するとともに網が変化するクモもいる。ウズグモやカタハリウズグモの子グモは、横糸を張る器官が未発達なために最初は縦糸だけのシート状の網を張る。成長するに従い正常な円網になる。これとは逆に雄は大人になると横糸を張る器官が退化してシート状の網に戻る。

網の採集に出かけよう

 ではこれから私と一緒にすぐ近くの里山まで網採集に行ってみよう。用意するのは白と透明のスプレーラッカー、黒または濃紺のボール紙、水糊とスポンジ、はさみ、筆記用具、これらをひとまとめにした袋を持って出発だ。

 まず採集したい網を見つける。これがなかなか難しい。どこにも破れのない、形の良い網、それに採りやすい位置に張られたものでなければならない。採る網が決まると軽くクモに触れて網から出し、少し離れたところからまんべんなく白ラッカーを吹きつける。次にスポンジで水糊を付けた紙を網の後からあてがい、余分な糸を丁寧に切っていく。糊を乾かし上から透明ラッカーを吹きつけると出来上がり、もう上から触れても大丈夫だ。家へ持ち帰りマットパネルに貼り付けると立派な展示標本が出来上がる。またその場でクモの名前や採集場所、採集日を書いておく。名前が分からないときはクモを容器に入れて持ち帰り図鑑で調べる。

 このように書くと、いとも簡単にできそうだがどこから見ても百点満点の標本はそうそうできるものではない。

 ところで一般的にクモは嫌われ者である。だが網は好きという人が多い。ある女子大の教授によれば、学生を野外観察に連れ出す前に網の標本を見せると、クモに対する嫌悪感が減り、関心が増すという。事実展示すると多くの人が「クモとの距離が一気に縮まった」「これからは払いのけずにじっくり見てみます」など好意的な感想を寄せてくれる。今後もさまざまな場を通して、網の美しさ、クモの素晴らしさを知っていただく機会を持ちたいと思っている。



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