Wendy-Net トップページ > Woman > Back Number > 着物染色家/佐藤 節子さん

Woman

BackNumber

着物染色家/佐藤 節子さん

着物染色家/佐藤 節子
「着物は日本人が誇れる民族衣装」
Profile

佐藤 節子/着物染色家
1944年東京生まれ。1963年、染色家の父、腰原新一急逝後女子美在学時代より工房を継承する。1977年、株式会社あらたを設立し、創作を得意とする独自な作品を作り続け、東京発信の着物染色家として活躍しながら現在に至る。
ホームページ : http://www.arata.jp/



キモノで遊ぶ「瑠璃の会」。音楽会の席で

キモノで遊ぶ「瑠璃の会」。
音楽会の席で

歌舞伎座へ出かける前に工房の前で

歌舞伎座へ出かける前に
工房の前で

 日本女性が日常的に着物を着なくなってからどれくらいの日がたったことでしょうか。

 私は着物づくりに携わる人間として、目まぐるしく変わる世の中の動きにつれ、時代時代のニーズに応えながら、今まで40年以上着物や帯をつくり続けてきました。その間に日本女性の社会における位置や意識が大きく変化してきたことは確かです。

 衣食住すべてに女性たちの考え方が影響を与え、生活の中に反映されていることは否めません。過去の日本女性が営々と築いてきた着物の知識は、ついこの間まで女性たちが次の世代にごく自然に伝えていたのに、この形が切れ切れに途切れてしまった時代があったために最近では全く着物のことを知らない人たちが多くなりました。先の戦争、 家族の在り方、消費生活一辺倒、バブル時代などなど、いろいろな現象が日本人の持つ価値観や精神性までもを変えたようです。

 また、それゆえに時代の変化に伴い着物は全く生活の中に存在しない、考えたこともないというライフスタイルも定着しているのが現状です。これらのことを考えるとき、私たち日本人の誇れる着物の文化はどうなってしまうのか、と危機感を感じることがあるのです。もちろん、着物の良さに気付き虜になってしまう方々も一方で存在しているのも確かです。一部の方々が着物についてもっともっと知りたい、知識を得たいと思われるときに私の工房を尋ねてくださり質問やお話が弾むときは、私もうれしく思いまだまだ日本女性も捨てたものではない、私の知識と経験が役に立つならどんなことでも伝えていきたいと強く思います。そんな橋渡しのようなことを次世代に少しでも伝えることができたら本望です。

「あらた」工房のスタッフたちと

「あらた」工房のスタッフたちと

「瑠璃の会」
音楽会でお客さまと。2人とも私の作品の帯をお締めになっています

「瑠璃の会」
音楽会でお客さまと。2人とも
私の作品の帯をお締めになっています

 着物を知ることは、すなわち日本の伝統を深く知るといっても過言ではないと思っています。着物の柄におけるデザインは普遍で、何百年たっても斬新であり、デザイン の成り立ちには全く無駄もなく、色彩感、四季折々に見られる変化ある景色、花鳥風月に感じられる繊細でたおやかな風情など、日本人の心情を表す美意識と感覚を知ることとなります。漆器や陶芸に見られる工芸も日本建築も、そして伝統的な日本の食文化のすべてに通じていきます。日本人が日本人であることを認識できる入り口の道標ともなるのですから、着物という衣装を通して見えてくる景色や取り巻く背景には奥の深いものがあるのです。私たちの持つ独自の文化が、着物を知ることにより広がりを持ち、伝統や 日本の文化を継承していくことにつながってほしいのです。詩歌や文学、演劇や伝統芸能からも衣装の存在は切り離せません。

 昔ほど着物を着ることがなくなった今は、多岐に渡る日本の伝統に触れる機会を持ち続けてと、特に若い方々に願うばかりです。そのため私は仕事の合間をぬい不定期ですが着物で遊ぶことの会なども主催したりして、もっと着物を気軽に楽しもうとする主旨の集まりをたびたび開き、着物人口がこの先減っていかないようにと微力ながらも活動を続けております。  かつてシルクロードの行き着いた日本、絹織物を衣装とする着物や帯の文化、日本各地ににあった養蚕の暮らしなど、絹を民族衣装とした先人たち、その素晴らしさを再 認識しましょう。着物の素材は日本の風土が培ってきたものですから、振り返るゆとりを持ち、絹の暖かさ涼しさに癒される時間をもっと女性たちに気が付いてほしいと、願うばかりです。



BackNumber

(無断転載禁ず)