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フラメンコ舞踊家/松本 真理子さん

フラメンコ舞踊家/松本 真理子
「不思議な力に魅せられて」
Profile

松本 真理子/フラメンコ舞踊家
東京生まれの神奈川育ち。関西の家電メーカーに就職して、グラフィックデザイナーとして働きながら、フラメンコと出合う。97年、夫のドイツ転勤に伴い渡独し、レナーテ氏に師事。在独中何度も渡西し、有名舞踊家に師事。99年日本に帰国。東京の加藤美香氏他師事。02年5月 Mariフラメンコ教室を大阪に開校。同年10月より神戸老舗タブラオ エル・パンチョ・キタノの座長としてレギュラー出演他、関西を中心に活躍中。
ホームページ:http://www.m-double.com/mari.htm



フラメンコとの出会い

 私がフラメンコを習い始めたきっかけは、肩こりを解消するためでした。その当時、奈良にあるシャープ株式会社のデザインセンターでグラフィックデザイナーとして働いていましたが、運動不足解消のために始めたフラメンコを職業にするなんて、想像もできないことでした。フラメンコを習い始めて、自分の内面に潜んでいた何かが目覚め奮い立ちました。デザインの仕事も楽しかったのですが、フラメンコの楽しさとは比べものになりませんでした。私が習っていた教室ではイベント出演する機会が多く、そこから一気にフラメンコにはまっていきました。いつかスペインに留学できたらなぁという夢を持ちながら。

人生の転機と夢のフラメンコ留学

 フラメンコを習い始めてちょうど3年目、主人のドイツ転勤が突然決まりました。私は一生同じ会社に勤めるものだと思っていましたので、その報告を聞いて驚きました。いえいえ正直、驚いたというより、喜びました。ドイツはスペインに近いじゃないの!スペインに行って夢のフラメンコ留学ができる!と。もう迷いもなく退職して、主人と一緒に渡独しました。理解ある主人のお陰で、年に数回、スペインに短期留学させてもらいました。夢のフラメンコ留学ですが、現実は厳しかったです。小さいころから舞踊をしていたわけではなく、フラメンコに大切なリズム感があるわけではなく、容姿に恵まれているわけでもなく、自分の才能のなさに落ち込み、フラメンコは趣味で軽く楽しむ程度にしようと1度は気持ちがなえていきました。

神戸のタブラオ エル・パンチョ・キタノで

神戸のタブラオ
エル・パンチョ・キタノで

第2回発表会を大阪森之宮ピロティーホールで主催

第2回発表会を大阪森之宮
ピロティーホールで主催


師匠との出会い

 日本に帰国後、大阪でWEBデザインの仕事をしながら、フラメンコは趣味で習い続けていましたが、もうやめようかな…と思っていたとき、スペインから来日されていたラ・トレア先生との出会いで、私のフラメンコ人生は大きく変わりました。褒め上手の先生は、私の内面に隠れてしまった何かを引き出してくださり、またフラメンコが楽しくなってきたのです。自分の内面に潜む可能性に挑戦してみたい!私の新たな夢は、タブラオ(フラメンコショーをみながら食事ができるレストラン)でレギュラー出演すること。つまりプロになることです。そのためにはどうしたらいいか?悩んでいたちょうどそのとき、スペインで知り合った東京の加藤美香先生が大阪に遊びに来られていて、運命の再会をしました。美香先生はスペインで公演をされるくらい実力のある舞踊家です。この先生に師事して、自分の可能性に挑戦したいと思いました。でも私は既婚者です。大阪勤めしている主人を置いて、引っ越しはできません。そこで、毎月東京まで習いに行きました。契約でデザインの仕事をしていましたから、東京と大阪を往復しながらの生活は、大変の一言では語れません。そんな努力が実ってか、カルチャー講師のアルバイトや踊りの依頼が入ってくるようになってきました。そこから、私にちゃんと習いたいという問い合わせが増えてきたこともあり、デザインの仕事がない土曜日に、スタジオを借りて教え始めました。2002年の5月のことです。

デザイナーからフラメンコ舞踏家へ

スペイン人との共演ライブで

スペイン人との共演ライブで


 30年の歴史を持つ老舗、神戸のタブラオ「エル・パンチョ・キタノ」の仕事をいただくようになったのは、本当に偶然でした。毎週土曜日がフラメンコショーのある日で、神戸の先生方がレギュラーでずっと踊られていたのですが、2002年の夏、第1・3土曜日にレギュラーで踊られていた先生が、留学でレギュラーをやめたいと申し出られ、その後任に私が選ばれました。それも、座長としてすべて好きにアレンジしていいと任されました。この依頼を受けたときは、天にも昇る気分でした。座長として踊れるなんて、こんな幸せなことはありません。ちょうど開校したばかりの教室が軌道に乗り出したこともあり、それまでしていたデザインの仕事をやめてフラメンコ一本で頑張る覚悟を決めました。こうして舞踊家としての生活がスタートしましたが、最初の数年は葛藤の毎日でした。

本場スペインへ

クラスでは基礎に重点をおいて指導している

クラスでは基礎に重点を
おいて指導している

踊りの見本を見せながら、分かりやすく説明

踊りの見本を見せながら、
分かりやすく説明

遠方から習いにくる人もいて、生徒さんの熱心さにいつも刺激されている

遠方から習いにくる人もいて、
生徒さんの熱心さに
いつも刺激されている

 スペイン滞在中は、踊りの勉強はもちろんですが、スペインの習慣や考え方にも触れるようにしています。スペイン人の陽気で前向きな生き方には、いつも刺激されます。それとスペインに滞在してよく思うのは、日本の良さをたくさん発見したり、自分が日本人であることをすごく自覚することです。といっても、人からは「あんた、本当に日本人なの?スペイン人みたいね」って言われますが(笑)。

後進の指導

発表会のリハーサル風景

発表会のリハーサル風景

 教室を開校して5年目を迎えました。生徒さんは10代から上は50代?まで、年齢も職業も違う人ばかり。皆さん、目を輝かせながら、それは楽しそうに踊ります。お陰さまで口コミで生徒さんが増え、今ではどのクラスもいっぱいで、また新しくクラスを開設しなくてはいけないような状況です。うれしい悲鳴ですね。私が小さかったころ、母から教師になってほしいと言われたことがありました。でも私が人に何かを教えるなんて絶対にできない!とずっと思っていました。1番最初にカルチャーで教えたときも、私が人に教えることなんてできるだろうか?とすごく不安でした。それが蓋を開けてみたら、あらっ…。教えるのって、向いているかもしれない。教え出して、これが好きだという確信に変わりました。自分にこれはできないとか、決め付けはいけませんね。自分で自分の可能性をつぶすだけですから。一緒に仕事をするスペイン人の友達からよくこんなことを言われます。「日本人は先のことを考えすぎる。なぜ今というその瞬間を楽しまないのか?明日という未来は何が起こるか分からないんだ。事故で死ぬかもしれないんだぞ。明日という保障はないんだから、今を生きろ!」。彼らの、今というその瞬間を楽しむパワーは、すごいものがあります。それにかなり影響されて、今ではスペイン的に今というその瞬間を精いっぱい生きるようになりました。ですから、踊るとき、教えるとき、いつも全力投球です。そして気付いたら、私の後にたくさんの人がついてきてくれるようになっていました。今の目標は、フラメンコを通して、練習生や公演を見てくださるお客さまに何かを感じていただき、ハッピーになってほしいです。フラメンコでみんながハッピーになるなんて、そんなうれしいことはありませんから。そしてフラメンコの魅力をひとりでも多くの人に知ってほしいです。フラメンコは不思議な力を持っていて、見たり聞いたり踊ったりすると、血が湧き出して、エネルギーが体に宿ります。周囲の人から「あんたは本当にパワフルだねぇ」と言われますが、それはフラメンコが私にパワーをくれるんです。おばあちゃんになっても、踊っていたいですね。周囲には迷惑でしょうが頑張ります(笑)。 ビバ(万歳)!フラメンコ!



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