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フローリスト/川村 裕美子さん

フローリスト/川村 裕美子
「1度は音楽家の道を目指した彼女がたどりついたフローリストの魅力とは…」
Profile

川村 裕美子/フローリスト
1976年大阪生まれ。音大卒業後、音楽の道はあきらめ、昔から興味のあった花の道へ進む。どうせ勉強するなら本場でとの思いから花留学を考える。その後渡欧。オランダのフラワーデザインの短期の学校へ通い、卒業。その後ドイツへ戻って働き先を探し、花屋で働く。現在は奈良、京都にて花屋を経営
HP:http://www.pontgarten.jp




一時期は音楽家への道を選び、
音楽大学へ進んだものの
卒業後はフローリストの道を選ぶ。
ですが、私が音楽を勉強したことも
その時に経験したことも、
全て無駄ではなかったし
遠回りではなかったと思える。


フローリストという職業を選んだことも自然ななりゆきだったのかもしれない・・・

 子供の頃から花が大好きでした。庭のある家ではなかったものの、父も母も小さなスペースを使って花を植えて楽しんでいましたし、伯母はいけばなを教えていましたので、小学校2年生くらいから習いに行ったりしていました。母はあみもの教室をしているので私も毛糸の切れ端を使ってなにかを作ったり。とにかくものを作ることが好きでしたね。そういう環境から考えると私が今フローリストという職業を選んだことも自然ななりゆきかもしれません。

オランダに花留学へ。そこで得たものは技術だけではありませんでした。

 オランダの花の学校へ通っていたのはそれほど長い期間ではありませんでしたが、各国からオランダまで花の勉強をしに来たクラスメイトとの出合いやオランダ人家庭でのホームステイなど、得るものは多かったと思います。 はじめはやはり、英語での生活や授業に不安を感じていましたが、授業自体はそれほど問題もなく過ごせました。それよりもクラスメイトと仲良くなればなるほど、自分の英語力のなさにもどかしさを感じましたね。

 その時のクラスメイトは今は自分の国に帰り花屋を開いたり、ウェディングの仕事をしたりと活躍しています。今でも情報交換したり、励ましあったりできる大切な友達です。

	私が住んでいるドイツア-ヘン市の大聖堂。

私が住んでいる
ドイツア-ヘン市の大聖堂。

	これは花屋で研修していた時に同僚と。

これは花屋で研修していた時に
同僚と。

想像以上にきつい仕事。それでも花の中で働くことは私にとって幸せです。

 フロ-リストの仕事は、きれいな花に囲まれて花束を作ったりアレンジを作ったり・・・。とあこがれている方も多いと思いますが、たぶん想像以上にきつい仕事だと思います。

 毎日の仕事は重いものを持つことも多く、冬場でも暖房のない(花のために)寒い仕事場で冷たい水をさわり、手は土や花や草木の汁でどろどろになり、人前に出せるような手ではなくなってしまいます。買い物をしてお金を支払う時や、電車に乗ってつり革を持つ時など意外と手は目立つもので恥ずかしくなるくらいです。 もちろんそれでも私にとっては花の中で働くのはとても幸せな仕事なのですけどね。

 フロリストの仕事は、もともときれいな花をもっと美しく束ねること。

 いまや花もインテリアやファッションの一部になっていると思います。ですから、トレンドの動向や周りのことに目を向けないといけないと思います。なんでもそうでしょうが、日々向上できるように努力しなくてはいけません。

自分の束ねる花で誰かが喜んでくれることがフローリストにとって一番の幸せ。

 自分の束ねる花で誰かが喜んでくれることがフローリストにとって一番の幸せだと思います。

 もちろんヨーロッパに来て得ることも多いですが、その前に日本の文化や日本の良さを感じることが大切だと思います。もちろんフラワーアレンジメントは西洋の文化なので本場に来る意味というのも大きいと思いますが、それが全てではないと思います。日本には日本の素晴らしい文化があることを日本人としてもっと感じてそれを花にも生かしてフローリストの仕事をしていって欲しいと思います。



ある1日のスケジュール
10:00 朝市などに花の買い出し
11:00 花の水揚げ
14:00 作品製作
15:30 写真撮影
17:00 HPの更新


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