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342号 注目の人 専業主婦/佐藤 亮子さん

子ども4人全員を東大理Ⅲに合格させた。テレビはリビングから撤去
佐藤 亮子/専業主婦
Profile

佐藤 亮子/専業主婦
奈良県在住。主婦。津田塾大学卒業後、大分県内の私立高校で英語教師として2年間教壇に立つ。その後結婚し、3男1女を出産。3兄弟が名門私立の灘中・高校を経て東京大学理科III類(通称「東大理III」)に、長女も洛南中・高校から東大理IIIに合格。秀才を育てる子育てノウハウや家庭の教育方針などが注目され、著書やメディア出演、講演など幅広く活躍。今、最も注目されるお母さんの一人。



両親のサポートに感謝

13歳(中1)のとき、弟と。私の生まれた家にて

13歳(中1)のとき、弟と。私の生まれた家にて

6カ月のころ。母の実家にて、両親と

6カ月のころ。母の実家にて、両親と

 私は高校まで大分県で育ちました。会社役員の父と専業主婦の母、5歳違いの弟の4人家族です。

 両親はすごく本が好きな人でしたね。新聞は3紙、雑誌は文藝春秋や週刊朝日などがずらっと並んでいました。父は子どもにはテレビを見せない方針で、小さいころはよく絵本の読み聞かせをしてくれました。父のあぐらの上にちょこんと座って一緒に本を見ていたのをよく覚えています。

 母は家事をちゃんとやることが好きな人でした。手作りが好きで常に手を動かしていましたね。庭はいつも花でいっぱい。よく珍しい花や木を買ってきて、私も一緒に植えたりしました。

 両親は私が子育てをしている間、奈良によく手伝いに来てくれていました。長男が生まれてから4番目の娘が3歳になるまでほぼ10年間、3週間ぐらい来て3週間帰ってまた来るというペースでしたから、1年の半分以上奈良で孫たちの面倒をみてくれたのです。

 両親は当時60代半ばから70代。2人で旅行にも行きたかっただろうに、「大変そうだからそろそろ行こうか」と言って来てくれました。父は長男が小学3年生の時に亡くなったので中学受験には間に合いませんでしたが、母は長男と次男の大学合格を見届けて逝きました。両親のサポートがなければ、とても4人の子育てと受験を乗り切ることはできなかったと、本当に感謝しています。

やるならどっぷり 「プロママ」を目指す!

1992年の初秋、長男が1歳で、奈良の長谷寺にて

1992年の初秋、長男が1歳で、奈良の長谷寺にて

 高校で英語教師をしていたとき「点数を上げたいから手伝ってほしい」と申し出てきた2人の生徒がいました。それで、それぞれの実力に合わせた宿題を出して、「毎日提出してね。先生、見るから」と言って渡しました。

 すると1人は私が言ったとおり毎日持ってくるのですが、もう1人はなんだかんだ言い訳をして提出は3、4日に1回。それでその子のお母さんを呼んで個人面談をしました。

 そうしたら、その子とお母さんの口調がそっくり!言い訳もほとんど同じ。そのときに「同じような実力でも家に帰ってからの環境でこんなにも違ってしまうんだ」ということを身にしみて知りました。

 それで「子どもを産んだら私は自分の子どもに専念しよう」と決めたのです。1歳から3、4歳の間って、子育ての神髄じゃないですか。だったらその間をとことん楽しむぞ、というつもりで、結婚を機に退職しました。

 私はそんなにあれこれできるような、器用な人間ではないので迷いはまったくありませんでしたね。でも、4人も産んだら大変でした(笑)。

 子育てが大変なのを理由に親が子どもに「急いでやりなさい!」とか「何してるの!」と怒るのは違うと思うのです。それはこちらのやり方が悪いだけで、工夫すれば怒らなくても済みます。

 それから、子どもに指示を出すときには具体的に数字で言うのが鉄則。勉強でも「ちゃんとやりなさい」では曖昧で、言われた方が困ります。子どもは一方的に怒られたと思うだけ。でも「●ページから●ページまでを●時までにやりなさい」と、具体的に言えば分かります。

 子育てには「ちょっと待って」「早くしなさい」など、お母さんがつい口にしてしまいがちなNGワードがたくさんあります。こういう言葉って、子どもにしてみればすごく理不尽なのですよね。例えば「どうして僕とお兄ちゃんを比べるの」とか。でも小さい子は理不尽だと思っても言い返す能力がない。それで大きくなって親に言い返すことができるようになったときに噴き出すのが反抗期だと思います。

 反抗期の話は本当によく聞きますし大変だと思います。でも私は、種さえまかなければ、反抗期はなくて済むのではないかと思っています。

子育ては母が100・父はゼロ

 子育てに関しては「私が100で主人がゼロ」を貫きました。私は比較しない(きょうだいを比較しない、他人と比べない)と決め、腹をくくっていましたから、子どもたちが通知表を持って帰ってきても「ハイお疲れさま」で終わりにして、成績については一切コメントしないことにしていました。

 でも、子どもと接する時間が私より少ない主人が成績表を見たら何を言い出すか分からない。

 だから「灘校って成績表ないの?」「あるけどお父さんに見せたら余計なこと言うから見せない(笑)」を通しました。主人も納得してくれていましたし、それで親子関係がギクシャクするということはありませんでしたよ。

 主人は弁護士なので子どもたちが社会で三権分立の勉強をしているときなどは、「これはおやじに聞いた方がいいな」と教わっていました。そのときは主人もうれしそうで「やっと出番が来たか」と喜々として教えていましたし、息子たちも「さすがに法律で食っているだけのことはあるな」と感心していました。

子どもの前でスマホを使わない

 今、子育て真っ最中のお母さんたちにとって大変な問題はやっぱりスマホの扱いだと思います。もし今私が子育て中だったらどうするか考えてみました。

 私だったら、子どもが12歳になるまでは「子どもが家にいる間はスマホを使わない」と決めて家の中からスマホの存在を消します。確かにスマホは便利だし、良いと言えば良いですが、悪いと言えばこんなに悪いものはありません。親たちが断固とした態度をとることが不可欠だと思います。

 お母さんがスマホをやっていたら子どもたちもやりたくなるでしょう。スマホだって、ない時代があったのだから、なくても大丈夫。もちろん持つなとは言いません。通販の注文やお母さん同士の連絡は子どもたちが寝た後か、子どもたちがいない間にすればいい。

 そもそも大人の便利な生活の中に子どもをポンと組み込んでうまく子育てができると思ったら大間違い。

 わが家のリビングも子どもが生まれる前はふつうにテレビがあってソファがある部屋でした。でも、その中に子どもが入ってソファでテレビを見ながら過ごすというのは子どもが伸びていく環境ではありません。だからテレビをリビングから撤去して机を並べて子どもの空間にしました。そのへんは親も割り切ったほうがいいと思います。

多少お行儀が悪くても合理的な方を取る

 子どもが4人もいると、ある時期毎年のように受験が回ってきます。だから、子どもたちはもちろん、自分自身も病気や事故には本当に気を付けました。もし自分がケガをして歩けなくなったら家の中が回らなくなって大変なことになると分かっていましたから。

 当時、わが家では毎日洗濯機を4回以上回していました。大量の洗濯物はカゴでは間に合いません。庭に干すだけでは済まないのでごみ袋に入れてサンタクロースのように3つくらい背負って、1階にある洗濯機から2階のベランダに干しに行っていました。上りはそれでもいいのですが乾いた洗濯物を持って階段を降りるとなると、足元がよく見えなくて、危ないなと思っていました。

 そんなとき、新聞で「3姉妹の子育て中に階段から落ちて骨折、すごく大変だった」というお母さんの話が目に留まりました。当時の私とまったく同じ状況です。私は、その日から乾いた洗濯物は全部階段から放り投げることにしました。干した布団もそうです。

 それを見た母は「こんな子に育てた覚えはない」と、あ然としていました。でも、多少お行儀が悪くても階段から落ちるよりよっぽどいい。

 お母さん方と話をしていると、案外「女の子は女の子らしく、男の子は男の子らしく」とか「こうでなくちゃいけない」という常識に縛られている面があります。

 でも、そういう固定観念のようなものはできるだけ外した方が楽に子育てができると思います。

「空の巣症候群」とも無縁の毎日

間違えた知識問題をまとめたノート。カラフルにすると分かりやすく楽しい。食事中の子どもに次々と見せたりして、時間をムダにしないようにしていた

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冷蔵庫にはりつけたストップウォッチ。勉強時間やご飯を食べる時間もはかっていた

冷蔵庫にはりつけたストップウォッチ。勉強時間やご飯を食べる時間もはかっていた

 本を出すきっかけになったのは、三男の大学受験が終わったときの主人からのアドバイスです。

 「ママはさんざん工夫して3人の受験(灘校→東大)を乗り切った。その経験を、長女の受験までの3年の間にまとめて本にして、子どもたちに渡したらどうか」と。確かに言われてみればそうだなと思いました。しゃべってもどうせ忘れてしまうでしょうから。

 それでノートに書き始めましたが、やったことが多すぎて、1冊書いたら疲れちゃって(笑)。しばらくほったらかしに。そうしたら、ちょうどそのころ塾でアルバイトをしていた次男から、「塾の生徒さんのお母さんで、わが家の話を出版社の知り合いに紹介したいという人がいる」と連絡があったのです。

 次男が言うには、そのお母さんと個人面談で話していたら、「年子(としご)の長女が去年不合格だったから今年は2人一緒に受験なんです」「僕の家もそうでした」から始まって、「先生はごきょうだい何人いらっしゃるんですか」と話が盛り上がったそうです。

佐藤 亮子さん

 こちらは自費出版で出すつもりだったのでビックリ。こんな偶然ってあるのですね。

 本が出てからは、講演やテレビ出演などお声がかかるようになりました。おかげで「空の巣症候群(子育て後の喪失感による抑うつ状態)」とも無縁です。でも、受験のころより忙しくなって奈良の自宅はぐちゃぐちゃ。主人は逆単身赴任状態です。今までほとんどほったらかしでしたから、これからは少しは主人孝行もしないといけないかな、と思っているのですけどね(笑)。
(東京都中央区内の会議室にて取材)


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