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337号 注目の人 女優中田 喜子さん

本業と趣味のバランスが良く幸せ。自然に歳を重ねていきたい。
中田 喜子/女優
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中田 喜子/女優
1953年東京都生まれ。18歳でデビュー以来テレビドラマ、舞台で活躍。『渡る世間は鬼ばかり』の三女、文子役他、出演したドラマは、代表的なものでも100本をこえる。舞台『御いのち』で、第19回菊田一夫演劇賞を受賞。DIYの達人としても知られ、UR都市機構「中田喜子プロデュース・模様替えプロジェクト」を実践。著書に『女優・中田喜子のDIY 手作り模様替え工房』がある。【衣装協力】YUKI TORII【メイク】鈴木将夫(マーヴィ)



5人姉妹の末っ子 高校生のとき養成所に

0歳のころ

0歳のころ

七五三(母・歌子さんと)

七五三(母・歌子さんと)

 東京・築地市場で仲卸を営む家に生まれ、5人姉妹で育ちました。私が末っ子で一番上の姉とは8つ違い。生家は木造3階建ての一軒家で、祖父母、父と母、5人姉妹に2人のお手伝いさんと暮らしていました。

 3階には住み込みの従業員たちの部屋があって、2階には親戚の結婚式をあげられるくらいの大広間がありました。トイレもお客さま用と家族用が別々になっている、昔ながらの商家の作りでした。仲買人の仕事は暮れになると忙しくなるので、年末は市場に行って、お金の番をするなどの手伝いをしました。

 教育はごくごく普通でした。母の趣味は日本舞踊。娘たちにも日舞をすすめ、一緒に稽古をしていました。日本舞踊は6歳の6月6日にお稽古を始めると良いという言い伝えがあります。私は6歳から高校まで続けました。女優になって一番役立ったのは、やはり自分で着物が着られるということです。小さいときから着物を着て踊っていましたから、裾さばきはごく自然に身についていました。それは母に感謝です。

デビュー当時(18歳)

デビュー当時(18歳)

 母は家事も仕事も切り盛りしていましたから、あまり細かいことをあれやこれや言わず、肝心要のときに注意するくらい。女性というより男っぽい人でした。明治生まれのおしゅうとさんたちに囲まれて、いろいろ苦労もあったと思いますが、娘たちが興味を持ったことについては応援してくれて、のびのび育ててくれました。

 高校生のとき、日活のテレビ部が作った養成所に所属して1年間だけ女優の仕事をしていました。養成所に通ったのは学校が休みの日曜日だけなので、それほど芝居が上手というわけではなかったと思うのですが、不思議と次々にテレビの仕事を頂けて。

 だんだん撮影のために学校を休まなければいけなくなってしまったのです。それで学業に専念するために養成所のお仕事はお休みして、卒業後、改めてプロダクションに所属してデビューすることになりました。

文子を演じた 『渡る世間は鬼ばかり』

スイスでのロケ中のスナップ(30代)

スイスでのロケ中のスナップ(30代)

 ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』は、プロデューサーの石井ふく子先生が、私が初めて主演した民放の朝ドラをご覧になって、お声がけいただいたのがご縁でした。

 私が演じた三女の文子(ふみこ)は高学歴で隙のないキャリアウーマン。最近になって、なぜ私がキャスティングされたのかを石井先生にお伺いする番組があったのですが、「中田喜子は日常生活に隙がないように見えたから、きっと文子役ができると思った」とおっしゃられたのです。でも、実際の私は全然そんなことはなくて。正直なところ、最初は文子をどう演じればいいのか、役をつかむまでに少し時間がかかりました。その後、お付き合いが長くなってからは、先生も「あなたがこんなに抜けているとは思わなかった」と、驚かれていましたが(笑)。

 ドラマの中で、アルツハイマーのお母さんを介護する期間があったのですが、当時はずいぶん「大変ね、がんばってね」と声をかけていただきました。ホームドラマに出演していると、放送中は「文子=中田喜子」でしたから。それだけ多くの方が親身になって番組を見てくださっているということを実感しました。

 第一シリーズの撮影最終日に脚本家の橋田壽賀子先生がスタジオにおいでになられて、石井先生と握手をされていた姿が、今も印象に残っています。番組に対する先生方の熱い思いが、後に長寿シリーズとなる『渡る世間〜』の原動力になっていたのだと思います。

 第一シリーズが始まったのが1990年、最終シリーズが終わったのが2011年。その後もスペシャル版がありました(2016年9月)。本当に継続は力なりです。

DIYは焦らずマイペースに

DIY(壁のペンキ塗り)

DIY(壁のペンキ塗り)

 お仕事でドイツに行ったときに、若いご夫婦が自分たちでリノベーションしたお宅を撮影させていただく機会がありました。それに刺激を受け、自分で壁紙を貼ってみたのがきっかけでDIYの魅力にひかれていきました。

 昔は早く仕上げたくて、手首や体をあちこち痛めたこともありました。でも、今はゆっくりやることが一番仕上がりがきれいだということに気付いたので、疲れたら作業が途中でも1週間くらい放っておいて休みます。だから椅子4脚を張り替えるのに1年かかったりしますが、そんな調子でスローペースで楽しんでいます。DIYは急いでやるとつらくなるので、体調が良いときやお天気がいい日にやることにして、焦らず、マイペースでゆっくりやっていけば、長く続けられると思います。

 椅子の張り替えも、座面が取り外せて背もたれが木やパイプでできているダイニングチェアなら、そんなに難しくありません。自分で手を加えたものは多少不出来でも愛着がわくもの。座面の布がきれいになっただけで気持ちが華やぎます。

 毎年8月に幕張メッセで開かれるDIYショーに参加していました。これからもDIYの楽しさや魅力を発信していきたいと思っています。

俳句と歴史の魅力

 『プレバト!!』というバラエティー番組への出演がきっかけで俳句を始めました。初めて出演のお話を頂いたときは歳時記(季語を集めて季節別に編集した本)も持っていませんでした。「知らなかったからこういう思い切った句を詠めたのね」と夏井いつき先生が評された通り、予備知識なしで詠んだ句で80点(「才能アリ」)を付けていただいて。それ以来、たびたび出演させていただいています。

 俳句を詠むようになって、日本語の美しさを再確認できますし、絶滅寸前の季語本も興味深く読んでいます。番組がきっかけでしたけれど、俳句は本当に良い脳トレになっています。

 それから最近、歴史クイズの番組に出演することが決まり、「今回はこの時代」とお知らせを頂くと、それに関して自分なりに調べて予習しています。最近は休みの日はもっぱら本番に備えての勉強ですね(笑)。専門家の先生方にお城のことや歴史を教えていただくのは本当に刺激になりますね。この年齢になって新しいことに取り組める幸せをかみしめています。

食生活は体の声を聞いて

 食生活で気を付けていることは、朝食だけは「できるだけ味付けなし」で頂くこと。お味噌汁はお味噌を使うので完全な「塩分抜き」とはいえませんが、サラダはドレッシングや塩こしょうではなく、ちりめんじゃこをトッピングすればもう塩分は十分。野菜はたっぷり摂取します。

 塩分や糖分には敏感なほうで、体が自然に反応します。塩分を取り過ぎると海藻類を食べたくなりますし、甘いものを食べ過ぎると唾液が変わるので、糖分の取り過ぎに気付くことができます。

 亡くなられたいかりや長介さんがおっしゃっていた、とても印象に残っている言葉があります。「丈夫と健康は違う。真冬に雪が積もった原っぱに放り出されても平気なのが丈夫な人。日常の管理がしっかりできているのが健康な人なんだよ」と。

 私たち俳優にとって真冬に薄い着物1枚で撮影するというのはごくふつうのことです。体が丈夫な人はそれに耐えられるけれど、そうでない人は常日頃きちんと管理をしていないと撮影に耐えられなくなってしまいます。私自身、決して丈夫な体質で生まれたわけではないので、常に自分の体の声を聞いて気を付けるようにしています。「食事は薬事」、やはりどうしても年齢とともに代謝は悪くなってきますから、少し敏感すぎるくらいでちょうどいいのかな、と思っています。

早寝早起き 笑顔で健康に

中田 喜子さん

 私は実家が魚市場の仲買人ですから、もともと早寝早起きの体質です。今でも夜10時に寝て朝5時にパッと目覚めますね。今は7時間睡眠がベストです。

 朝起きたら朝日を浴びます。体内時計がリセットされて気持ち良く一日をスタートさせることができます。

 もう一つはラフターヨガ(笑いヨガ)。ヨガというとマットを敷いてポーズをとるイメージがありますが、笑いヨガはいつでもどこでもできるヨガとしてインド人のドクターが考案したメソッドだそうです。

 笑いが健康に良いことはよく知られていますから、私はその応用で「今日は笑っていないな」と思った日には、洗顔した後、化粧水と乳液をつけるとき、鏡に向かって声を出して笑ってみます。もちろん「作り笑い」でいいのです。声を出して笑っているうち、1分たち、2分たち…。3分くらいたつと、初めは作り笑いだったのに、本当におかしくなってくるんです。声を出して笑うのがポイントです。

 もう一つ、湯船に浸かって、あ行から声を出してゆっくり言いながら顔の筋肉を動かすことを意識します。

 これまでは女優としてほとんどお芝居中心の活動をしてきましたが、最近はバラエティー番組への出演も少しずつ増えてきました。それに、趣味のDIYのことも皆さんに知っていただけるようになって、本業と趣味とのバランスが良く、とても充実しています。これからも自然に歳を重ねていけたら一番いいですね。
(東京都目黒区内にて取材)


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