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256号 注目の人 国際NGO『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』日本代表・弁護士/土井 香苗さん

「日本が将来『人権保護のリーダー』になること。決して夢ではないはずです」
土井 香苗/国際NGO『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』日本代表・弁護士
Profile

土井 香苗/国際NGO『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』日本代表・弁護士
1975年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒。
在学中の96年に司法試験に合格後、アフリカの新興国・エリトリアにて1年間法務省で法律作りを手伝う。
2000年から弁護士。業務の傍ら日本にいる難民の支援にかかわる。
06年米国ニューヨーク大学ロースクール修士課程終了(国際法)。07年米国ニューヨーク州弁護士。
06年から国際NGO『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』のニューヨーク本部のフェロー。07年から日本駐在員、08年東京ディレクター(日本代表)、 09年に東京オフィス設立。著書に、『“ようこそ”と言える日本へ』(岩波書店)など。家族は弁護士の夫。
ヒューマン・ライツ・ウォッチHP http://www.hrw.org/ja


「人権を監視する」世界的NGOで活動


2009年4月 
東京オフィス開設記念記者会見にて
(外国特派員協会にて)

 世界各地の悲惨な人権侵害と弾圧を止め、世界中のすべての人の権利を守る—。私はいま、人権保護の最前線で活動するNGO(非政府組織)『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』(以下HRW)に籍を置いて活動しています。

 一般に人権救済NGOというと手弁当でボランティアするイメージが強いですが、HRWはアメリカ・ニューヨークに本部を持ち、全世界90の国々で構成されている世界最大規模のNGO機関。人権保護でよく知られるNGO『アムネスティ』と並んで、世界二大人権保護団体と言われています。設立は1978年で、職員は各分野の専門家からなる300人。個人および私設財団の寄付などで運営され、NGOというより“調査研究機関”と言ったほうが皆さんのイメージに近いでしょうね。

 HRWが入手する人権侵害の情報は、その速さ、質、量ともに世界最高です。その情報をもとに事態を改善させるため、弾圧する側へ政治的圧力をかける。さらに先進国政府に国際政策を提言するシンクタンクの機能も持っています。「人権侵害をなくすため、政府を動かし、世界の不幸の根を絶つ」が、私たちのミッション(使命)です。

 日本では3年前に私が初駐在員となり、昨年4月には“東京オフィス”を設立しました。東京ディレクターとしての私の主な仕事は、3つ。政府、外務省などに人権侵害の情報を持って行き、解決と政策提言を働きかけること。次にメディアへの働きかけ。そしてその活動を支える資金集めですね。都内の私大の一室を間借りし、常勤スタッフ2人で活動しています。

 先日は、HRWの全世界のスタッフが集うミーティングに出席してきました。開催地は、ニューヨーク・マンハッタン近郊。とてもリフレッシュできました。新しいオフィス同士、レバノンやインドのスタッフとコミュニケーションを取ったり、ドイツなどの先輩国の話も聞いたり。夕方にはビーチをみんなで散歩。明日にはまた世界中に散らばってしまう同僚たちと、貴重なひとときを過ごしました。

授業の教材が、生き方を決めた


小学校高学年の運動会にて

 出身は神奈川県横浜市。家族は両親と妹です。小さいころはすごくおとなしい子だったようですが、いつからか大変おしゃべりな子に(笑)。バレエをやっていたので、当時の夢はバレリーナか女優。学級委員の経験もなく、中高通じてそんなに目立たなく、本当に普通の子どもだったんですよ。

 親からは「女性が生きていくには資格を持つことが重要」と言われ続けて育ちました。勉強がそこそこできると次第にうるさくなり、クラブ活動まで制限されるように。親からは、ほめられたことはあまりなく、叱られた記憶ばかりです。外面では明るく振る舞いつつも、「おまえは勉強できなかったら何もとりえのない子」とマイナスの言葉ばかり言われ続けて、私は自信も持てずイジケ気味の少女時代を送りましたね。

 振り返るとそんな当時の私の境遇は、「人権」を考える第一歩になった気がします。私は虐げられたかわいそうな人が出てくると、すごく同情してしまう。それはかつて自分が弱い立場にいて、悲しい思いをしてきた経験があるからかもしれません。

 中高一貫校に入った私に、人生の進路を決定付ける1冊の本との出合いがありました。犬養道子さん著の、アフリカ難民キャンプのルポタージュ『人間の大地』。高校の国語の授業の副教材として、わら半紙に同書が4~5枚コピーされたものが出たんです。内容にびっくりした私は、すぐ図書館に行って全編を読破。迫力の筆致で描かれた難民の実態、その背景の世界、北と南の貧富の格差…。大衝撃でした。

 それまで「国際的な仕事をしたいから外交官になろう」とぼんやり考えていた私は、このときから「世界で苦しむ人のために仕事をしたい!」と強く希望するようになりました。後日談ですが、先日久しぶりに当時の先生に会い、教材に使った『人間の大地』の裏話を聞いたんです。実は、国語の先生は世界史の先生に頼まれてこの本を教材にしたとのこと。世界史の先生は「こんな事実を生徒に知ってほしい。そして何人かが素晴らしいと心動かしてくれたらいい」と願ったとか。私はこれで人生が変わったのだけど、まんまと先生の思い通りになったことになりますね(笑)。

突然の家出 アフリカでボランティアも


大学院の卒業式にて、父親と

 とはいえ当時の私は「難民を助ける仕事」とは具体的に何か、分かりませんでした。大学は国際関係の学部に進みたかったのだけど、親は就職に有利でないと大反対。「文系なら弁護士、理系なら医者」と就く職種も限定されて。そして東大法学部に入学した私は、大嫌いな司法試験の勉強をしていました。

 かくて試験の直前、事件が。親の不満の爆発に耐えかねた私は、妹と2人で家出を敢行したんです。計画的でなく、本当に身一つで。それからは塾の講師をして生活費を稼ぐ日々。でも自分で何でも決められる自由を手に入れ解放感に満ちていて、気持ちがすごく前向きになりましたね。

 一方で司法試験には意地でも受からなきゃと、午前中と夜に猛勉強。家出の直後で勢いがあったし、時間がない中で勉強したのでかえってやる気も出た。それに私、しつこいというか変なところで諦めない性格で。往生際が悪いんですね(笑)。

 司法試験に合格後、すぐに念願のアフリカへ渡航。エリトリアという新興国の法務省で法律作りのボランティアを1年やり、そのあと人権侵害の被害者に寄り添って援助する弁護士の道に進みました。


HRW・ニューヨークオフィスにて

 東京での弁護士活動後、国際人権法を学ぶため渡米。そこでHRWに出合い、試用期間であるフェローを経てスタッフになりました。HRWに入るにはすごい競争率なので、現地ではすごくうらやましがられましたね。

 少女時代に『人間の大地』に衝撃を受け、「世界で苦しむ人々を助ける仕事をしたい」と志して幾度かの試行錯誤を経た後、ようやく自分の理想とする仕事にめぐり合えたのだと思っています。

お風呂が家の中心?

 趣味はバレエ鑑賞です。世界的なバレエコンクールであるローザンヌ国際バレエコンクールはいまでも大好きで、毎年観るようにしています。先日はフィットネスクラブでコンクールのテレビ中継を発見。「やったー!」とバイクを2時間くらい漕ぎ続けながら見入ってしまい、あとで非常に疲れました(笑)。

 バレエダンサーでは、熊川哲也さんのファン。20年前、彼がローザンヌコンクールに出た16歳くらいのころから熱血で追っかけてますよ。16歳の彼の踏み出す一歩一歩の素晴らしさ。歩き方からほかのダンサーと全然違ったので、「この人はすごい!」と感激してファンになりました。

 いつも帰宅は遅いので、家でやることといえばお風呂に入るか、寝ているか、お酒を飲むか…。なので、家を建てるときには「お風呂の家を作ってください」と設計士さんに頼み、家の真ん中に大きなお風呂を作ってもらいました。「何はなくても、お風呂だけは!」と思って(笑)。私にとって、大事なリラックスアイテムですね。

世界の動きに耳を澄まし、発信して


 今現在も世界でたくさんの人権侵害行為が行われています。東京オフィスを立ち上げてから1年、政府へ解決に向けた働きかけを続けていますが、日本の外交を変えることは簡単ではありません。壁は大きいです。

 やはり問題解決のためには、世論の後押しが必要です。日本国民が人権侵害に対し問題意識を持っていないと、ごく一部の意見と片付けられて行動を起こしてもらえない。  ですから、皆さんにもぜひ助けてほしいんです。方法としては、まずは世界の動きにアンテナを張る。HRWの発信するメールマガジンに登録してニュース速報を読んだり、普通に新聞を読むのでもいい。とにかく事実を知って、それを家族や周囲に話し、ご自分のブログでも話題にしてほしいんです。そうして日本国民は人権問題に興味があり、けっこう注目しているという状況があれば、政府や政治家も解決につなげる努力をするようになります。

 ですから普段よりもう一歩だけ足を伸ばして、プラスアルファの情報を知ってもらいたいですね。一例をあげると、日本のODA(発展途上国に対して行う援助や出資金)が条件なしに軍事政権など人権侵害をする政権に渡ると、間接的に民間人を殺しているような政権を助けていることになるという事実。その事実を知れば、虐殺に手を貸したい人はいないはずなので「そんなのおかしい!」と思うはず。元々は私たちの税金だから、「私たちのお金を、そんなことに使わないで!せめて、人権侵害に手を染めるのを止めることという条件をつけて!」と抗議する権利が皆さんにはあるんです。そういった世界の事実を知り、声をあげてほしいと思います。


2010年4月ロシアの人権活動家を招いたシンポジウムで取材を受ける明治大学にて

 私たちも現在さまざまな活動を計画中です。いま秋に向けてできればなあと考えているのは、ビルマのアート展。40年以上軍事政権が続くビルマでは自宅拘禁中の野党党首アウン・サン・スー・チーさんのほか、2100人くらいの野党政治家やジャーナリスト、僧侶、主婦が刑務所に不当に拘禁されています。「総選挙までに全政治囚の解放を!」というキャンペーンの一環として、彼ら良心の囚人たちのアート作品を東京で開催したい。当日のボランティアでの参加も歓迎です。

 1年前から弁護士活動をストップし、HRWの活動に専念することにしました。よく人から「(高収入が期待できる)弁護士活動をなんでやめちゃうの?」って言われます。でもいまの仕事は私以外にやっている人は日本にいないし、世界の人権に全力投球できる仕事。立ちはだかる壁は厚いけれど、本当にエキサイティングな仕事なんです。

 私の将来の夢は、「日本が世界の中で人権保護のリーダー国になる」こと。でも、それは非現実なことじゃない。アジアで数少ない人権を尊重する国・日本だからこそ、人権保護のリーダーになる資格がある。いや、なるしかない。あと必要なのは声をあげる勇気と、リーダーシップだけです。決して夢のままでは終わらない。そう、確信しています。

(東京都千代田区 ヒューマン・ライツ・ウォッチ東京オフィスにて取材)



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