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253号 注目の人 評論家/富山 和子さん

「お米の一粒、水の一滴。『自分は誰に養われているの?』と考えてほしい」
富山 和子 /評論家
Profile

富山 和子/評論家
1933年群馬県生まれ。早稲田大学文学部卒業。
水問題を森林の問題にまで深め、「水田はダム」の理論でも知られる。その総合的な研究は富山学といわれ、政府や世論に影響を与えてきた。
1990年版より「日本の米カレンダー」を制作、農林漁業を守るキャンペーンを続けている。
著書に『環境問題とは何か』(PHP出版)など多数。
日本福祉大学客員教授。立正大学名誉教授。


農林漁業は環境の主役 米カレンダー22年


昭和16年 和歌山への移転を前に立川にて家族と一緒に
(妹はまだ生まれていない)

 水田に揺れるレンゲソウや菜の花、田植えのころの水光る大地、棚田の美しさ、実りの秋の稲干し、豊作を祈って作るかまくら。

 四季折々の日本の原風景、そして詩。「富山和子がつくる日本の米カレンダー(注)」は、今年で22年目を迎えました。創刊は1990年版。アメリカから米の自由化が求められて、危機に瀕する日本の農業を守らねばならないと考えたのがきっかけです。写真を入れたカレンダーなら家族で見られるし、問題を考える教材になるだろう、と。以降今日まで「水田は文化と環境を守る」というメッセージを伝え続け、国内外から大きな反響をいただいてきました。

 カレンダー作りにはなかなか手間がかかりましてね。今年も昨年末から作業をスタート。日本を代表する写真家の作品数千点の中から選考を重ね、ようやく 12枚を選んだところです。これから写真撮影地の取材に入りますが、これが結構大変で。撮影地の自治体に写真を見せると「こんな風景、うちにはない」と言われることもしばしば(笑)。その後、写真に添える詩のメッセージを作ります。写真の風景と対話しながら、わずか十数行の言葉に悪戦苦闘。こうして原稿ができたら英訳を頼み、完成するまで7~8カ月かかります。

 20年以上も同じ視点でカレンダーを作っていると、田園も都市もいかに風景が変わってきたか、よく分かりますね。農家はどこも後継者の減少という、慢性的な問題を抱えています。もっと米作りを含めた日本文化の土台について、若い世代にも海外にも伝えていかねばならない。昨今の経済情勢で厳しい部分もありますが、米カレンダーの制作はこれからも続けられる限り続けていきたいと思っています。

妹背負って、かまどの前で数式を解く


昭和31年ごろ
早大演劇博物館前で

 生まれは群馬。父は群馬師範の教授で、コチコチの漢学者でした。お嬢様育ちの母は教師。父の転任で和歌山市の海岸で暮らしたのは、太平洋戦争が始まった小学2年のときでした。

 どこまでも続く見渡す限りの白い砂浜、黒々とした松林。師範学校付属の小学校の裏山には見事な“根上がり松”の森林があったし、毎日のように美しい海辺に出ては波と戯れ、日が暮れるまで遊びました。戦争中だったけれど、自然豊かな地で楽しく過ごした時代でしたね。

 ところが敗戦の前年、小学5年のときに父が亡くなり生活は一変。着の身着のまま同然で母や3人の弟妹たちと群馬や栃木の親戚を転々としました。当時の生活は、のちに母と「よく飢え死にしなかったわね」と語り合うほど厳しいものでした。働きに出た母に代わり、最年長の私が弟妹たちと叔母の子計7人の子の面倒を見ながら家族の食事も作る、そんな小中学校生活を送りました。

 小学6年で敗戦を迎えたときは、もう本当に気持ちが解放されましたね。大人も子どももみんな「これからどういう日本を作っていこうか」と希望に輝いていました。私はバレーボールや水泳、絵やピアノを楽しみ、広告チラシの裏にたくさんの詩を作る文学少女になっていました。

 一方で大の数学マニアでもあり、難しい問題集を借りてきては、妹を背負いかまどの前で食事の支度をしながら、地面に薪の枝の先で数式を書いていた(笑)。それが当時最大のレジャーだったの。数学はぞくぞくする、ロマンの世界だったんですね。

 私は理詰めの論理的思考で物事を説くけれど、その基礎はあのときの数学の訓練にあったと思います。例えば混沌とした存在の水を分析整理して、代表作『水の文化史』に書き上げるまでの作業。分析整理するのは因数分解、その先はその先はと根源まで追い求めていく作業は微分積分、これ故にこうだと説明していく作業は幾何、という具合に。

 だから私は「若いころはいろいろなことを学んでおきなさい」と皆さんに言いたいの。特に中学時代は学問も人生観も、すべてを吸収する人生の基礎を作る時期。かつて進路に迷った私は、恩師にこうアドバイスされました。「根を深く張った木は、梢も広がるんだよ」と。その言葉通り、中学時代は根を深く広く地中に張って、しっかりと土台を作る大切なときなんです。

「なんで値上げ?」主婦の疑問から水の世界へ


昭和39年10月燕岳登山の折
中房温泉にて

 大学進学と同時に亡父の親友のすすめで、講談社をアルバイトのつもりで受験。なんと合格となり、19歳から学生と編集者の二足のわらじ生活に。当時は女は男の3倍働いてやっと同等という時代だったから、もう必死で頑張りましたね。学生であることは会社に内緒でした。3年後にバレたけれど、実績を積んでいたので見逃してもらえたんです(笑)。

 その後も総合雑誌の編集者として、さまざまな冤罪事件を記事にしました。今年4月に最高裁で差し戻し判決が出た「名張毒ぶどう酒事件」も、冤罪ではないかと最初に世に出したのは私です。事件発生当時疑問を持ち、雑誌に発表し、その後も自腹を切って後追い取材。裁判を傍聴し、弁護士さんの隣の宿に泊まって資料を書き写し、現場も歩き1審の無罪判決まで見届けたのです。文字通り身体を張っていました。のちの私の「現場を歩かなければ書かない」という一貫した姿勢も、編集者時代のこうした事件ものの取材で培われたのだと思います。

 その後身体を壊して14年間の編集者生活を辞め、評論家に。住宅や道路、交通といった都市問題に取り組みました。折から東京都の水道料金が値上げされ、「何で高くなるの?けしからんじゃないの」という主婦感覚で手がけたのが“水”というテーマ。北海道の防風防霧林、全国の治山事業、河川の学術調査に携わるうちに、水の世界に引き込まれていきました。こうしてトータルな視点で日本列島を眺めたときに見えてきた問題を『水と緑と土―伝統を捨てた社会の行方』として発表。“環境問題のバイブル”と言われ、今日までロングセラーとして版を重ねていただきました。

 このほど、「コンクリートから人へ」と時代がようやくこちらを向いて来たので、原点であるこの本が37年ぶりに今夏、新版として刊行されたところです。

社交ダンスは美とエネルギーの源泉


平成8年9月
児童出版文化賞大賞受賞の
祝賀会にてダンス披露
(岸川洋子撮影)

 慢性肝炎、胆のう炎、自律神経失調症、慢性胃腸炎…。激務から身体を壊し、入院ばかりしていた編集者時代。医者から「生活を変えなさい」と言われ、健康のために始めたのが社交ダンスです。ペン1つで生活するフリーになったとき、まさかのときにと思ってダンス教師の資格も取りました。おかげで病気知らずになり、以来40年間踊り続けています。

 レッスンは週に3~4日。いまだに先生から「バストあげろ!ヒップあげろ!脚短く見えるぞ!」と叱られるのよ(笑)。私のような年齢になると、もうどんな方にお会いしても驚かないはずなのに、ダンスだけは例外で、レッスンの最初、先生と向き合う瞬間は、背中にピリッと電気が走るほど緊張するの。レッスンのためには時間をやりくりし、生活のリズムはすべてレッスンに合わせ、それに備えて体調を整えます。私の生活はまずダンスありき、です。

 この30年ほどは、毎年1度はホテルでのデモンストレーションに出演しています。

 以前、マスコミや水の関係者など200人をお招きして、東京・一ツ橋の如水会館で「水を聴き遊ぶ会」というパーティーを催したことがありました。このときもダンスをご披露しましたし、『お米は生きている』児童出版文化賞大賞受賞の祝賀会をしていただいたときも、会場は東京會舘でしたが、その大広間に50 坪ほどのフロアを敷いて、ダンスをご披露しました。3年前には、「酒井広と富山和子、2人合わせて150歳のダンス」という催しなども。

 ダンスは私の財産です。昔は登山もしましたが、今ではダンスが唯一の健康法でストレス解消法です。

大人も愛読している、児童向けシリーズ


 昨年、『海は生きている』を出版し、『川は生きている』から『道』『森』『お米』と続いた児童向け「自然と人間シリーズ」五部作がついに完結しました。 “児童書における環境問題のバイブル”といわれ、いまでも教科書や作文コンクールの課題図書、中・高・大学の入試問題に取り上げられています。

 著作に費やした年月は『お米』で14年、『海』で14年、5冊で計32年。子ども向けの本は大人向けを書くよりずっと知恵と時間がかかるの。高度な内容をやさしく書くということは学術書の100倍は難しい。

 うれしいのは、大人も専門家も愛読してくださること。児童書は世論を動かす力を持っています。

 シリーズ30年という年月を考えると、この本を読んで育った子が大人になって、いま世の中をここまで動かしていることになる。改めて書物というものの役割の大きさを痛感しています。

足元見つめて「地球へのエチケット」を

 地球の温暖化問題、異常気象や食糧危機、水不足、山村の荒廃…。  21世紀を迎えたいま、私が警告してきたとおりになってきました。「21世紀は環境の世紀。資源は水と土」と40年来言い続けてきたことが現実となり、かつて人類が経験したことのない厳しい試練に、私たちは立たされています。

 一方事態の深刻さに対して、まだまだ皆さんの危機感は薄いですね。「水がなくなっても平気。ペットボトルを買えばいい」と言う人もいるくらいで。

 そんないまだから、皆さんに考えてもらいたい。毎日食べるお米の一粒、水道から出る水、トイレの水に至るまで、誰が作るのか?どこから来ているのか?と考えてほしいんです。

 そして“自分は誰に養われているのか”ということを考える謙虚さを持っていただきたい。日本人は謙虚さを忘れています。それを子どものうちから身に付けてくれれば、ずいぶんと世の中も変わってくることでしょう。

 “水”も“平和”も、最初からそこにあったものではありません。先人たちが命がけで育て守ってきたものです。地球環境問題に直面したいまこそ、国土の歴史に目を向け、足元から生活を見直す。それが、地球に対するエチケットではないか。そう、私は思うのです。

(東京都中央区の合人社計画研究所 東京本店にて取材)

(注)「日本の米カレンダー」の問い合わせ先は、サン制作(電話03‐3669‐8371)。



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