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246号 注目の人 タレント・女優/南野 陽子さん

「もしずっと独身だったら、みんなが共存できる施設をつくりたいと思っているんです」
南野 陽子/タレント・女優
Profile

南野 陽子/タレント・女優
1967年兵庫県生まれ。
テレビドラマ「スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説」の麻宮サキ役で大ブレイク。「アリエスの乙女たち」など、数々のドラマで主演。
歌手としても「話しかけたかった」「吐息でネット」などヒット曲多数。
映画では、1992年に「寒椿」「私を抱いて、そしてキスして」の2作品で日本アカデミー賞主演女優賞に輝いた。
「若草物語」で初舞台を踏み、以来幅広いジャンルの舞台に挑戦している。
昨年からは、伊丹市をPRする「伊丹大使」も務める。
舞台『反逆児』は、11月6日~25日まで大阪松竹座にて公演中。


徳姫は女性なら誰もが共感できる女性


六甲牧場にて。2歳3カ月


家族でクリスマス。5歳のころ(中央が南野さん)

 11月6日から大阪松竹座で上演中の『反逆児』に出演させていただいています。1961年に故・萬屋錦之介さんが映画で主役を演じ、大ヒットした作品ですが、今年錦之介さんの13回忌を迎えることもあって、舞台の上演が決まりました。今回、甥にあたる中村獅童さんが、叔父さまの当たり役に挑戦します。

 私が演じる徳姫という女性は、戦乱の世、運命に翻弄された女性です。織田信長の娘として生まれ、父のライバル徳川家康の嫡男・信康に嫁いだのです。自分は信長の娘だというプライドがあるから、なかなか夫とも打ち解けられない。けれど、心の奥底では夫のことを愛している。家や立場を背負って生きる半面、愛する人を思う気持ちは、一人の普通の女性。さまざまな葛藤を抱えながら、最終的には図らずも夫を窮地に追い込むことになってしまう…。『反逆児』という物語を左右するカギ的存在ともいえます。

 愛する人に素直に思いを伝えたいという女性らしい気持ちや、跡継ぎが生まれない悲しさ、嫁いだ先のお母さんとの確執、側室に対する嫉妬など、いろんな思いと心の中で戦っている。けれどそれらの気持ちを、いいタイミングで表現できず、あのときこうしていればよかった、こう言えばよかったと悔やむ状況を招いてしまうのです。

 それは、時代や立場が違ったとしても、どんな女性にもあることで、私自身もそんな後悔はたくさんあります。父や母がしてくれたことに、ありがとうと言えなかったり、男性には自分から気持ちを伝えられなかったり。


小学4年生のとき

 だから彼女の気持ちはよく分かるんです。でも、それを短時間の舞台でどう表現するかはまた別で、とても難しいことだと思います。

 私はしっかり者のように見えて、実はとても臆病。いいものにしたいという意気込みはあるけれど、「できるかなあ」とか、「足を引っ張ったらどうしよう」と思うと、逃げ出したくなることもあって(笑)。

 特に、今回の舞台で共演するのは、獅童さんをはじめ、姑役の波乃久里子さん、家康役の平幹二朗さんなど第一線で活躍されている尊敬する役者さんたち。その中で、徳姫の心の機微を演じきらなければと緊張しながら演じています。

 舞台のお仕事は大好きです。何より、舞台の仕事をすると、人が好きになるんです。たとえば、私がセリフを忘れるとします。すると、舞台にいる共演者の皆さんが、力を合わせてそれをうまくカバーしてくださる。ひょっとしたらそのことで自分が不利になるかもしれないのに、台本にはない動きをしてくださるのを見ると、申し訳ないと思いながらも、一つのものをつくっている同志なんだと感動します。公演中は、共演者の方が日々変化していかれるのを見て、私も、毎日同じではいけない、昨日より今日、今日より明日が良くなるようにと、気持ちが引き締まります。そして終わった後には、やらせていただいて良かったといつも心から思いますね。

 デビューから約25年。その間に演じさせていただいた役柄は、200役にもなります。コンサートを開いたり、映画やドラマとさまざまなお仕事をさせていただきました。そこで学んだものを今回の舞台で出せればと思います。

小さいころからお姫様気質だった


デビュー直前。自宅前にて

 私は高校1年生のときにスカウトされてこの世界に入ったんですが、実はそれ以前は、自分が芸能界に入るとは全く思っていませんでした。心の奥底では、キラキラしているテレビの世界に憧れていましたが、関西で目にするのは吉本の芸人さんなどお笑いの方がほとんど。だから芸能界は特別な遠い存在だと思っていました。

 私に務まるだろうかという不安はありました。でも、当時はまだ子どもでしたから、東京へ行ったらディズニーランドに遊びに行けるかもしれないと軽く考えて、そのお話をお受けしたんです。両親も最初は反対しましたが、私が望むならと応援してくれました。

 そういう意味では、強く望んでタレントになったわけではありませんし、女優という仕事もそれほど向いていないと思っていました。それが今もこうして続けていられるというのは、運命だったと思っています。

 ただ、芸能界は遠い存在だったとはいえ、女の子ですから、小さいときから、童話を読んでは気分はお姫様に。4歳のころにはピアノやバレエを習い始めましたが、それも奇麗な衣装を着て発表会に出られるというのが理由。クラブ活動では、ボランティア的なことをやっていて、駅前で寄付活動をしたり、クリスマスにハンドベルの演奏もしました。誰かの役に立つことをしたいという気持ちは、このころに育まれたのかもしれません。

特別な才能がないから逆にさまざまなことができた


上京して初の一人暮らし
(高校2年生)

 デビュー当時は、力が入りすぎて、すべてを理解しようと監督を質問攻めにしたり、ヘアメイクさんに「アイラインは入れないでください」とハッキリ言ったこともあります。そんな言動を「ナマイキ」だと周りから言われ落ち込んだ時期もありました。

 でも、何のために仕事をするのかと考えるとき、指示された通りにただ仕事をこなすのではなく、自分なりに一所懸命考えてやりたいと思ったんです。特別に演技がうまいとか、歌唱力が抜群だというような人より秀でた才能がないからこそ、真剣に取り組む。けれど、結局は思い通りにできなかったということも多くて、すべてにおいていまだに満足のいく点は取っていないな…と。

 でも、合格点をもらわないままで引退してしまったら、結局「だめな人」と言われて終わってしまう気がして。でも続けてやっていれば、思いもかけないお仕事をさせていただけることもあるでしょうし、少しずつでも成長していくことができるでしょう。そうして頑張っていれば、いつかは自分の仕事に納得できる日が来るはずだと信じています。

一所懸命やれば必ず誰かが見てくれる

 「笑っていいとも」も長年続けていたからこそいただけたお仕事の一つ。

 以前、あるバラエティー番組に出演したとき、共演者の女性たちが、必死で前へ出ようとしている中、私は一言も話さなかったんです。あまりにもあけすけな表現が多くて、つい引いてしまったんですね。

 そんな私を見ていらっしゃった「いいとも」のプロデューサーが、私に依頼をくださったんです。「みんなが前へ出て話す必要はない、つまらない顔をしてもいい、おかしかったらケラケラと笑っていてもいい」と。「いいとも」はトップクラスのお笑い芸人さんが出演されている番組ですから、その方たちの邪魔をしないようなスタンスでいながら、にぎやかな雰囲気がつくれればいいなと思っていました。一所懸命やっていれば、必ず見てくれる人がいるんだと、このお仕事のお話をいただいたときに思いました。

結婚して家族をもつことは大切です

 私はまるで浦島太郎のようだと思うことがあります。必死に何かに向かう毎日を送っていたら、二十数年がたっていた。結婚についてもそうで、気が付くと独身だったという感じです。

 でも、結婚せずに働いている女性の一見本になれていればそれもいいかと。それに、決して結婚しないと思っているわけではありません。私も、女性として生まれたからには、家庭をもって、子どもを産み育てて、家族の一員として社会に向き合いたいとも思います。今マンション暮らしなのですが、エレベーターで出会うお母さんと子どもさんのやりとりや、ご夫婦の関係をちらりと見るとき、うらやましいなと思います。一人で戦うより、誰かにアドバイスをしてもらったり、よっかかったりするほうが絶対にいいですよね。

 ただ私にも、支えてくれるパートナーはいます。一緒にいると心がやすらぎますし、生活も充実しています。もちろん、この先のことは分かりません。政治だって変わりましたからね。人の考え方や生き方も、何かのきっかけで変わってもおかしくないですよね。

いつかは家族を


 親元を17歳のときに離れたので、今では、東京での一人暮らしの方が長くなりました。でも、家族と一緒に過ごした日々はよく思い出します。

 うちの家族はドラマみたいに仲のいい家族でした。典型的なサラリーマン家族で、夕飯時には父も帰り、家族そろってご飯を食べていたし、日曜日になると、お母さんがおにぎりをつくって、スケッチブックやバドミントンを持って車で出掛けるんです。行き帰りの車の中で、みんな一緒に音楽のテープを聞いたり、ワイワイ話したり、ほんと仲良しだった。

 「陽子ちゃんちがうらやましい」と友達に言われたこともありました。そんな恵まれた家庭があることに、当時は優越感があったのかもしれません。もちろん今も、両親にはとても感謝しています。「家族は大切」、「一人で生きるよりみんなでいるほうがいい」と思えるのも、そんな家族とのあたたかな生活があったからでしょう。

 だからというわけではありませんが、もし40代後半か50代になっても結婚していなかったら、親のいない子どもたちや、家族をもたなかった大人を集めて、共存できる施設のようなものをつくりたいと思っているんです。実際にその夢に向けて資料集めもしています。

仕事もご恩返しもたくさんしたい

 ここ十数年、舞台とドラマを毎年何本かやらせていただくお仕事のかたちができているので、それは今後も壊さないようにやっていこうと思います。食わず嫌いはやめて、いろんなお仕事に挑戦したいですね。

 1年くらい前からお洋服のデザインもさせていただいています。「アクトレスプリンセス」というブランドで、体型隠しができる上、「すっぴんでも似合う」ことがテーマです(笑)。ご興味のある方は、ネットで検索してみてくださいね。

 「なんでも屋さん」としていろんなジャンルのお仕事をしてきたからこそ、さまざまな人と出会い、助けていただけたのだと思います。そのご恩に報いるためにも、もらいっぱなしではなく、そろそろ私自身が、みなさんにお返ししなければと思います。精いっぱいお仕事をさせていただくこともそうですし、何らかのかたちで生き方を示すことも…。この先、自分ができることは何かをしっかりと考え、進んでいきたいと思います。

(ホテル日航大阪にて取材)



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