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239号 注目の人 「タイタン」代表取締役/太田 光代さん

「私の人生いつもマイナスから始まる。だから、あとはプラスに転じるしかないんです」
太田 光代/「タイタン」代表取締役
Profile

太田 光代/「タイタン」代表取締役
1964年東京生まれ。モデルからタレントに。
90年、爆笑問題の太田光氏と結婚。
93年タレントを引退し、芸能プロダクション「タイタン」を設立。
2002年ハーブショップ「ウイッチムーン」起業。
09年2月28日、川崎市・新百合ヶ丘駅前にトータルリラクゼーションスペース「キューピット・ハート」をオープン。


人生波乱万丈。そういう星の下に生まれてきたのかもしれませんね(笑)。


0歳の私と母

 爆笑問題も昨年20周年を迎え、振り返ると、ここまで結構頑張ってきたなと思います。私自身、タレントから社長業に転身するなんて、まったく考えもしなかったし、自分でも面食らっちゃうぐらい、いろんなことがあった。まさに人生波乱万丈。まあ、そういう星の下に生まれてきたのかもしれませんね(笑)。

 人生の最初の記憶は、病院の中でした。生まれつき先天性股関節脱臼だったことが判明したのは1歳半のころ。すぐに緊急手術をして、3歳ごろまでずっと入院生活。その当時はサリドマイド児が多く入院していて、両足をギプスで固定されたまま、歩くこともできない私はいつもほかの子どもたちにいじめられていたんです。

 1日中、部屋の片隅で寂しそうにしている私のことをかわいそうに思ったのか、ある日お医者さんが『人魚姫』の絵本をくださったんです。「君は人魚だったけど、足をつけてあげたから、そのうち歩けるようになるからね」って。その絵本を毎日読んで、熟読した結果、私が出した結論は「恋をすると最終的に海の泡になってしまう」ということ。だから、そうならないように気を付けなくちゃ、と。先生の意図とは反対に、恋愛のトラウマになってしまった(笑)。3歳にしてはずい分ませていたんだなと思いますけど。

 その後、足は奇跡的にほぼ完治し、運動できるぐらいになったんです。中学では体操部に入り、サッカー部のマネージャーも兼務。演劇学校に通ったり、いろんなことにチャレンジするようになりました。人を笑わせるのが好きで、サービス精神旺盛な性格になったのは、幼児期の反動なのかもしれません。

恋愛トラブルで放浪の旅、 1カ月停学処分に


 私は生まれたときからお医者さんや看護婦さん、大人の人に囲まれていたせいか、年の離れた人に憧れる傾向がありました。それで、高校生のころ、社会人の方とお付き合いを始めて、恋愛トラブルに。いてもたってもいられない状況になって、バイトで貯めたお金を持って、一人でふらっと旅行に出掛けたんです。70日間ぐらい、長野の美術館や博物館などを見て回り、心の整理がついて帰ってきたら、翌日学校に退学届を出さなくてはいけないはめになっていて。考えれば当然の処置なんでしょうけど、単なる旅行と思っていた私はびっくり。学校側になんとか釈明をして、ようやく一カ月の停学処分で落ち着きました。

 私の場合、育った環境も人とはまったく違っていたので、いつのまにか価値観やモノの考え方がかなりズレていたんでしょうね。

 母は未婚のまま、私を産み、父のいない家庭で育ちました。保険の外交員をして働いていた母は、私が6歳のときに、別の方と結婚。でも、その義父がとてもいい方だったんですよ。哲学的で、ちょっと斜めに社会を見ている人。考え方や生き方など、義父からの影響はかなり大きかったと思います。

 小学校1年のころ、火遊びをしていてガラスの灰皿を割ってしまったんです。アロンアルファで接着したものの、私が割ったのは一目瞭然。母にはすごい剣幕で怒られたんですが、「私はやってない」と言い張って。そのとき、義父が「オレがやったんだ」と一言。母がいないところで、義父はこう言ったんです。「ウソをつくと、誰かが犠牲になる。1つのウソがたくさんの人を犠牲にするきっかけになるんだ」と。私はグーの音も出ませんでした。怒られるより効きましたね。

 それ以来、絶対ウソはつかないということが私の信条になったんです。
あまりにバカ正直すぎて、「そこまで言わなくても」っていうときもありますけど(笑)。

爆笑問題の冬の時代に結婚、社長は天職


新百合ヶ丘にオープンした「キューピット・ハート」

 そして、映画好きの義父の影響もあって、コメディー映画が大好きになり、コメディー女優になりたいと思うようになりました。高校卒業後はモデル事務所に所属。ミスコンテストで優勝し、テレビ番組にも出るようになり、芸能プロダクションからスカウトされることに。

 そのプロダクションで同期だったのが、今の夫・太田光。「爆笑問題」の人気コンビとして活躍していた太田や、ほかの同期の仲間たちがあるとき私の家に集まって、舞台の打ち合わせをしたんですけど、なぜか太田だけそのまま居着いてしまって…。まるで拾ってきた猫のように(笑)。でも、だんだん笑いのツボも同じで、価値観も趣味も似ていることが分かって、90年に結婚。

 ところが、その直前、爆笑問題は一方的にプロダクションを辞めてしまったんです。デビュー当時は期待の新人ともてはやされて、自分たちだけでできると思ったようですけど、私はそんな甘いもんじゃないと冷ややかに見ていたんです。案の定、仕事はまったくなくなり、田中はコンビニでアルバイト、太田は1人ファミコンに没頭し、家にこもりきり。私のタレントの仕事だけでは生活費が足りず、パチスロで稼いだり、母からもらった着物や宝石を質屋に入れたり。接客業も向かず、計算もできない夫に代わって、私が働くしかなかったんです。それでも、夫の笑いの能力は信じていました。

 そんな生活が2年ほど続き、とうとう私は「自分で営業して仕事を取るしかない」と一大決心。そして93年、NHK新人演芸大賞で爆笑問題が優勝。それを機に、私はタレント活動を辞め、事務所「タイタン」を立ち上げることに。独学で経営書を読みあさり、勉強しました。天から降って湧いたような社長業、でもやってみたら面白くて、1週間で「これは私の天職」と思いましたね(笑)。

 社長になって、すぐに仕掛けたのが爆笑問題の単独ライブ。4月からの番組編成を前に、テレビ局や出版関係の人たちに4000通ぐらい案内状を出して。レギュラーの仕事をもらうには? アピールするにはどうしたら? とずっと考え続けていたら、パッといろんなことがつながってアイデアが浮かんでくる。そこまでたどりつくまでには、相当考えますね。研究が好きというか粘着質の私は、ずっと何かを考え続けているのが好きなんですよ。答えが出たら行動は早い。

夫は仕事の上でもよきパートナー


友人のお祝いパーティーに招かれて

 今は会社の数も増えましたが、会社のことを考えるのは全然苦じゃないんです。ただ、家庭と仕事の両立は私はできなかったですね。家事も本当は好きなんですけど、一時期家事ノイローゼになってしまって。それで、家事は放棄させてもらって、お手伝いさんに頼むことにしました。ちょっと寂しい気もしたけど、会社の経営は責任があるし、放棄するわけにはいかないですから。

 だから、家事も完ぺきにしなくてはと、無理してストレスを溜め込むよりも、家事代行などのシステムをうまく使ったほうが夫婦も円満になると思いますね。私の場合は派手にストレスを発散するのが太田のネタにもなってますが、実際かなり発散してます(笑)。

 夫は、仕事の上でも大事なパートナーなので、時々その切り替えが難しいんです。夫にとっては私は妻というより、社長であり、母のような存在かな。昨年末、太田が脱腸の手術をしたときも、主治医の先生にどうするか聞かれて「社長に聞いてみます」って答えていたらしい。決定するのはすべて私。後で先生に「君のところの上下関係はすごいね」と言われちゃいましたけど。  太田は、旅行や食事も私が誘えばついてくるタイプ。忙しいこともあって、ここ数年夫婦で旅行なんて全然してない。でも、結婚記念日とか、私が忘れていても、彼はちゃんと覚えていて、プレゼントをくれたりするんですよ。そういうところは優しいですね。笑いのセンスは妻のほうが上、なんてうまくおだてられて乗せられますけど。能力的にも分野が違うので、お互いに補い合える、よきパートナーだと思います。


箱根・強羅温泉にて

 爆笑問題はちょっと真面目路線に偏りつつあるので、本来のお笑いのほうに修正しないと、と思っています。時々、政治家になったほうがいいんじゃないの? なんて言われますけど、本人にはまったくその気はないし、周りからそう見られているのもあまりよくないかと。

 私たちの共通の夢は、コメディー映画を作ること。デビュー当初、映画監督になりたいと言っていた太田も40代半ばになって、以前から計画していた通り、今年映画構想に向けてスタートしました。

ハーブとカウンセリングで心と体を癒せる場所

 そして、私自身の夢も着実に形になってきています。この2 月、川崎の新百合ヶ丘にトータルリラクゼーションスペース「キューピット・ハート」をオープンしました。すでにハーブのお店と花屋も経営していますが、それらをトータルな形にまとめて、アロマトリートメントや、カウンセリングも受けられるメンタルケアスペースなんです。

 私自身、仕事やプライベートでストレスを抱えてイライラしたときに、ほっと心を和ませてくれたのが、ハーブでした。

 また、子どものころからカウンセリングをずっと受けていて、精神的にも助けられているので、もっと気軽にカウンセリングを受けられる場所がたくさんあればいいなと思っていたんです。


テレビ東京「ひょっこり漂流島」ココス島にてロケ

 ニューヨークなど海外では、カウンセリングを受けたり、精神科や心療内科の主治医を持つことがごく普通の習慣になっていますが、日本ではメンタル面のケアがかなり遅れています。今までひたすら経済成長を続け、男女雇用機会均等法の確立で、女性の社会進出も進み責任も重くなってきている中、心のバランスを失う人が増えて、自殺大国とまで言われている日本。メンタルケアのシステムが整備されていないために、悪循環になっている気がしますね。花を見たり、大自然と触れ合う機会が少なくなっていることも影響していると思います。

 うつ病にもいろいろなパターンがあって、原因もさまざまですが、カウンセリングを受けたり早めに対処しておくと、そんなに大変なことにはならない気がします。プロのカウンセラーという第三者に、自分の悩みを話すだけで、ずい分気持ちが楽になるし、話してみると、意外に、何でもないことだったんだって自分で気付いたりする。

 さらにハーブという自然の素材で、心と体を癒してほしい。そんなふうに願っています。そしていつか、オーガニック素材の料理や、コメディー映画も楽しめるレストランシアターをオープンすることも夢の続き。

 私の人生って、考えてみるといつもマイナスから始まって、プラスに変わるんです。だから、会社を立ち上げるときも、全然怖くはなかった。爆笑問題もあの逆風を経験したことが逆によかったんだろうなって思いますし、不安要素もはらみながら、なんとかうまくいっています。これからもいろんなことが起きるでしょうけど、あとはプラスに転じるしかない、そう思ってますね。
(東京都杉並区の事務所にて取材)



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