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237号 注目の人 登山家・医学博士/今井 通子さん

「“森林セラピー”で心と体のバランスを~山登りには定年なんてないんです」
今井 通子/登山家・医学博士
Profile

今井 通子/登山家・医学博士
1942年、東京都生まれ。東京女子医科大学卒。
日本泌尿器科学会専門医。前東京女子医科大学付属病院腎総合医療センター泌尿器科非常勤講師。
1967年女性として世界で初めてマッターホルン北壁の登頂に成功。アイガー北壁、グランドジョラス北壁も登攀し、女性で世界初の欧州3大北壁完登者となる。
以後医師を務めながら登山家として世界有数の山々を登攀。
現在では自然の保全活動やヨーロッパアルプスツアーの講師、また科学・健康・教育などの委員を務めるなど幅広く活躍。
株式会社ル・ベルソー代表取締役社長。著書に「私の北壁 マッターホルン」「山は私の学校だった」「マッターホルンの空中トイレ」「たくましいひとりっ子の育て方」など多数。


なんで真っ直ぐ走らなくちゃいけないの?


幼少のころ、きょうだいと(左上が今井さん)

 戦争のさなか、のどかな田園風景が広がっていた東京・世田谷の経堂で、4人きょうだいの長女として生まれ育ちました。両親ともに眼科医。当時珍しい共働き夫婦でした。もっとも母の姉妹は歯科医や、琴、踊りの師匠など手に職のある女性ばかりだったので、母も特別な意識はなかったはず。自宅で開業する母が白衣を着たら、その瞬間からは母じゃない、と子ども心に切り替えていましたね。

 父は常に何かにチャレンジし、研究しているような人でした。例えば「泥真珠の泥をうまく取り除く実験」とか(笑)。「家では勉強するな」が持論で、家は家族団らんの大切な場であるという考え。だから私が家で勉強しようとすると、父はすぐ居間へ呼んでオセロや麻雀、テレビに付き合わせたり、大学教授のおじさんを交えてディベートを仕掛けたり。もう全然、一人で勉強するヒマなんか与えない(笑)。両親とも仕事をしていたから、仕事と家、オンとオフをしっかり分けたかったんでしょうね。

 ピアノや英語、バレエ、ゴルフなどさまざまなことを体験させてくれた反面、他人を不快にさせる言動に対しては厳しかった。自然の中で遊ぶ楽しさ、喜びを教えてくれたのも両親でした。子どものころから週末になると家族そろって自然の中へ。長期休暇には、蓼科、箱根へ移動。越後湯沢などでスキー、が恒例でした。

 遊びといえばままごとではなく、自然の中で鍛えられた身体で男の子の先頭に立って木登りや鬼ごっこ。でも「徒競走」となると遅かった。何の役にも立たない、ただ真っ直ぐ走ることに興味がなかったから。だって私たちって、文明社会の人間である以前に“ヒト”という動物ですよね。動物は本来、獲物を得るためにしか動かないもの。エネルギーを使う以上は必ず何かを得ないと、私は不満だった。だから“パン食い競争”になると、途端に早く走れました(笑)。

 両親からは医者を期待されていたけれど、高校時代は絵描きになりたくて。理由は単純で、小学校のときよく絵を褒められたから。母にそう言うと、母は私を近所に住んでいた画家のアトリエに連れていった。そこは北向きの寒々とした部屋。「絵描きってこんなに暮らしが大変なのか!」とビックリ。本当は、均一の採光が得られる北向きの部屋は絵を描くにはベストな環境だと後に知ったのですが、帰り道、母の「とりあえず医者になってから絵を描けばいいんじゃない?」というささやきに頷き、医師の道に進むことに。いま思うと母の“作戦”は見事だったなぁと思います。

 子どもの意思を尊重し、口だけでなく行動、カラダで道を示していく両親。私は、チャレンジ精神旺盛な父をより多く見習った気がします。今では、計画的で正確に事を運び、相手の思いをつかめる母のことも、もう少し学べば良かったかなと思いますね。

ヨーロッパの自然観にカルチャーショック


 中学生になると父からスキーツアーや家族旅行のプランニングを任されるようになりました。意外と慎重派の父が満足する完ぺきな旅程プランを作るべく、山岳部に入っていた同級生の男の子にガイド役を頼んだことも。

 そんな環境に育った私にとって山に登ることはごく自然な流れでした。医大では山岳部に入部。でも、単なる山歩きに物足りず、心配する両親をよそに冬山やロッククライミングなど、自分の限界に挑むような山登りを始めたのです。そして24歳のとき、ヨーロッパアルプスへの遠征を計画し、翌年マッターホルン北壁に登頂。まだ海外渡航が自由化されて間もない時代、初めての隊長として、資金集めから隊員の安全確保など責任の重さを痛感しました。その後、アイガー北壁、グランド・ジョラス北壁登攀にも成功。

 こうして登ったヨーロッパの山で、私はあるカルチャーショックを受けました。当時60年代の日本では山とは自らの限界に挑み、頂上を極めるものという観念に支配されていたけど、ヨーロッパでは、そういう人は一握り。多くの人がハイキングやトレッキングをして山を楽しんでいた。ヨーロッパの人々の自然観、山との付き合い方が、理解できませんでした。

 驚いてその背景を調べると、産業革命以来、生活が野良仕事から工場や会社に出勤する形に変わった。その結果運動不足になり、大気汚染で健康を崩し、病弱になる人が続発。そこで、危機感から自然と触れ合うことの大切さが再認識され、それぞれ国策として取り組んできた。フランスではバカンス法を作ったり、ドイツでは高校生たちによるワンダーフォーゲル運動が発足したり。

 自然の中に人を放つことで、「自分の考えで動く」という動物的な本能、能力を満足させ、復活させることがねらいだったのです。早くから近代化されたヨーロッパの人々はそのことにいち早く気付いていた。日本では、まだ自然が豊かだったので、そういう観点が遅れていたんですね。ヨーロッパでの体験から、一人でも多くの人々を自然界に連れ出したいと思い、クラブ・べルソーの設立など新たな活動を始めることになったのです。

 私にとっての山そして自然は、ときめきを秘めた存在。新しい何かを発見する楽しみがあり、自らの能力を試す場所。山で自分と向き合い、高め、学んだことを社会に還元していく。自然と社会を行き来しながら社会貢献できる、それが山登りの面白さでもあると感じますね。

森でストレスを解消し都会に戻って闘う


小学校高学年のころ。冬は家族でスキーに(1番右が今井さん)

 もともとわれわれ人間は、森や大自然の中で生きるように作られているんです。森の中ではリラックスし、ガン細胞などを食べてくれるNK(ナチュラルキラー)細胞が増えて活性化し、生活習慣病の改善も示唆できるなど、さまざまなセラピー効果があります。森の中で運動をすればさらに効果があがります。今のようなストレスだらけの社会では、森に行ってストレスを解消するといい。コンピューター用語でいえば「適正化」。そしてまた、都会に戻って闘いに行くという図式が、これから勧めたい生き方ですね。

 現在、私は森林セラピーソサエティの理事長として、学者たちによって科学的に実証されている森林の「癒し」効果の普及や森林セラピストの養成などいろいろな活動に力を入れています。ソサエティでは、ストレスホルモンの減少などセラピー効果が実証された森や地域を森林セラピー基地、ロードとして全国で既に 35カ所認定し、今後さらに増やしていく予定です。

 自然の恩恵を受けるだけでなく、天然の空調機である森を大切にしてほしい。世界を回ると、地球環境崩壊の危機を痛切に感じます。だからこそ、これからもさまざまな形で環境保全に関する活動も進めていきたいと思っています。

自然の中での成功体験が、生きる力を育む


いつもカメラマン役だった父と一緒の数少ない写真

 また、“森林マラソン”を中心とした森を使った多種のイベントを提唱し、東京の高尾山をはじめ各地で10年来開催しています。「親子の部」では、親子が同じゼッケンをつけて同時にゴールするルール。“親子の絆” 作りも目的です。10年前は親が子どもをおんぶしてゴール。ところが10年後は子どもがスタスタ先を行ってしまって、ゴール手前で親を待っている(笑)。ヒイヒイと登ってくる親の姿を見ながら「親も弱ったな。自分が助けなきゃ」という思いになる。親も子どもの成長を感じる。親子の絆って、そんなとき生まれるようです。親が子どもに、自分の衰えを見せることは大切ですが、普段は偉そうにしなければならないこともある。衰えが隠せない場面がないと、子どもはいつまでも親を頼っちゃうことになります。

 最近は、パソコンやゲーム、携帯電話などバーチャルな世界が子どもたちの環境を取り巻き、自然の中で遊ぶ機会も少なくなっています。感性や人格が育ちにくく、生きている実感が得にくい現代。だからこそ、子どもの成長段階に合わせた自然体験をさせてあげてほしいと思いますね。

 成長期である子ども時代は五感を発達させ、動物として強く生き延びる機能を強化する大切な時期。自分が主体となって動き、発見の喜びを体験する。失敗も経ながら、最後は『物事は成功裏に終わるのだ』と確信させることがとても重要なんです。脳も活性化し、生きる自信が付く。知識はその上で付けていけばいいんです。

 普段、私たちの脳は会話程度だとほぼ90%が眠っています。ところが面白いことに農作業をすると、脳の60%が活性化するんです。畑を耕すとき、どの場所にどれくらいの深さと角度でひと鍬を入れるか、脳は振り上げる手の力の加減から足の踏ん張り、筋肉の1本1本へ指令を出してフル回転する。だから、体験の場は都会の人工的な場所より、刻一刻と生き物のように気象や風景が変わり、惰性では処せない自然界がベスト。観察力も付くし、人との付き合い方など社会性も身に付きます。

 そして親は「そこはダメ」とかやたら口を出さずに見守ること。神経質に口を出すより、ちょっといい加減ぐらいのほうが子どもはよく育つかもしれないですよ。

思うように生きてきたから、ストレスがない


1985年冬期チョモランマにて氷壁を登る

 子どものころから自然に親しみ、夕食時はいつもあらゆるテーマでディスカッションするような家庭に育った私。振り返ると恵まれていたなと思います。今でも一人娘とよくディベートしています。テーマは政治経済など社会問題が多く、先日も彼女と「エコとは何か?てんぷら油の再利用法は」なんて話題で話し込んだばかり。娘は友人から「普通の家庭の会話と違う!」なんて言われていますけど(笑)。

 現役の医師としての仕事は、一昨年65歳で引退しました。これからの夢といっても特にないですね。だってこれまでの人生、自分がやりたいことは全部やってきているから。もともと私って、ストレスがあまりないらしい。森林セラピー基地でストレス値を測ると、普通の人は都会でのストレス値が高く、森に入ると下がる。だけど私の場合は、精神的にも肉体的にもストレス値は最初からすごく低い(笑)。いまでも月に4回は山に行っています。だからNK細胞も減らず、至って元気。

 山登りに“定年”はないのかって?それはないですね。私が講師を務める山登りツアーの参加者は年齢制限なし。70代、80代の人でもどんどん登っています。考えれば動物には死ぬまで「引退」なんてないし、定年は人間社会が決めた物差しに過ぎない。自然界には、そんな物差しなんて存在しないのだから。

(東京都世田谷区の事務所で取材)



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