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209号 注目の人 形成外科医・タレント/西川 史子さん

「美しくなる秘訣は、あきらめないこと。美しくなりたいという意識が大事なんですよ」
西川 史子/形成外科医・タレント
Profile

西川 史子/形成外科医・タレント
1971年神奈川県生まれ。
聖マリアンナ医科大学医学部卒業。
専門は形成外科。
大学在学中の1996年、「ミス日本」を受賞。卒業後は勤務医として働きながら、各メディアで活躍。
現在、日本テレビ「ラジかるッ」(毎火曜日レギュラー)、 MBS「ちちんぷいぷい」(毎水曜日レギュラー)など、多数出演中。


「知識とお金」は裏切らない

 父が整形外科の開業医で、子どものころから「医者になれ」と言われ続けてきました。両親は、何より医者の仕事が1番素晴らしいと思っていて、それ以外の職業に関心を向けさせないように、必死だったんですよ。

 例えば、私がバレリーナになりたいというと、「バレリーナは足が太くなるし、おいしいものも食べられない。でも、医者はいいぞ」と。

 「医者は定年もないし、人に頭を下げることもない。一生食いっぱぐれもない。だから、医者になれ」と、ずっとそんな感じなんです。その上「知識とお金だけはお前を裏切らない」と言われると、やっぱり勉強するしかないんだと思いこむ。

 なんだか、間違った宗教みたいですよね(笑)。もちろん、娘を幸せにしたいという親の愛情からだったと思いますが…。

 医者というのはエリート意識がとても高いので、今思うと普通の家庭とはずい分変わっていたようですが、そんな両親のもと、私はひたすら医者を目指して頑張っていたんです。

スパルタ教育で猛勉強


ぬいぐるみをだっこして。
1才のとき

 もともと私が育った東京の文京区は、とても教育熱の高い地域で、大学に行くというと、東大が当たり前。だから、私も幼稚園のころから塾に通い、小学校からは家庭教師もついて、もう勉強、勉強の毎日でした。さらに、ピアノ、そろばん、書道、バレエに日舞、絵画に水泳と、おけいこ事もたくさんあって、遊ぶ暇もなかったですね。

 私は早生まれということもあって、わりと早熟な方でした。口達者で負けず嫌い。親からの刷り込みで、勉強ができないことが1番恥ずかしいと思っていたんですよ。

 ところが、小学校3年生ぐらいのときに、自分があまり頭が良くないことに気付いてしまった。1を聞いて10を知るじゃなくて、私は1しか知らないなと。それなら、人よりもっと勉強しないと天才には勝てないと思ったんですね。

 でも、一生懸命勉強しようと頑張れば頑張るほど、苦しくなって。あるとき、「どうしてこんなに勉強しなくちゃいけないの?」と父に聞いたんです。そしたら、父は「勉強していい学校に行けば、いい教師やいい友達に出会えるチャンスが大きくなる。人生の可能性が広がるんだよ」と。私はなるほど、と思いましたね。

医者への道は母との闘い


 本来ならば、私ではなく兄が医者になり、父の跡を継ぐべきなんでしょうが、兄はとても優しい性格で、私と逆だったら良かったのにって思うぐらい(笑)。だから、両親も妹の方が医者に向いていると思ったんでしょうね。私は両親からの期待を一身に受けて、そのプレッシャーたるや、すごかったですね。

 父は、私を気遣って勉強を無理強いすることはなかったんですけど、反対に、母は、ものすごく厳しかったんですよ。少しでも成績が下がると、全身全霊で怒るので、それが怖くて。その上よく泣くので、母に泣かれると、医者になるしかないなと。そんな母を見て、私は人前では泣けなくなりました。

 また母からは、勉強だけでなく、世の中の裏側も教えられました。小さいころから、もし「お父さんとお母さんとどっちが好き?」って聞かれたら、「お父さまとおじいちゃまを尊敬してると言いなさい。そうすれば、家の中がうまく回るんだから」と言われて。私は、こうやって人はウソを覚えていくんだなと思ってましたね(笑)。

 1番悲しかった思い出は、小学校のときのことです。友達から「ノートを貸して」と頼まれて、ノートを貸してあげたんですよ。本当は、自分が一生懸命勉強してまとめたノートを、人に貸したくはなかったんですけど。

 私は貸したくないと思ったのは、性格が悪いのかなと自分に罪悪感を感じながら、でも、「よく貸してあげたね」って母にほめてもらいたくて、家に帰って、報告したんです。それなのに…。

 母は「先生にノートを提出すれば、いい点がもらえるのに、何であなたは貸したの」と。母に怒られて、泣きじゃくったのを今でもよく覚えています。

 もしもあのとき、母が「それでいいのよ。えらかったわね」ってほめてくれたら、私の人生はもっと変わっていたかもしれません(笑)。

 母は私を医者にすることが自分の役目だと心から信じ、そのためにすべてのエネルギーを注ぎこんできたのですが、私にとっては、医者への道は母との闘いでもあったのです。

「ミス日本」を受賞

 医大に合格してからは、両親も無理に子どもの進路を決めた後ろめたさがあったのか、私の好きなようにさせてくれました。お小遣いも無尽蔵にもらって、ぜいたくな大学時代でしたね。

 そして、大学6年のとき、ミス日本に応募したんです。もう医者になったら、好きなことはできないし、最後の思い出づくりをしたいと思って。そうしたら、思いがけず受賞して、自分でもびっくりしました。

 ちょうど医師国家試験の直前だったので、学校とコンテスト会場を往復しながら勉強して、トロフィーを持ってまた学校に行って。予選から決勝までの間にだんだん顔つきが険しくなってくるんですよ。受賞しても、「試験大丈夫なの?」と周りからは冷ややかな目で見られましたけど(笑)。

初めてぶつかった人生の壁


1才のころ。軽井沢の別荘にて

 その後、医師国家試験に無事合格。本当の意味で両親からのプレッシャーから解放されたのは、医者になってからですね。

 自分が医者になって、価値観や人生観も大きく変わりました。まず気付いたのは、お父さんって、意外にお金なかったんだなって(笑)。医者はすごく儲かるものと思いこんでいたけど、私の学費やお小遣いも苦労して出してくれていたんだなと思います。

 医者になって最初のころは、自分が本当に医者に向いているのか、ずい分悩みましたね。それまでわがまま放題に育てられていた私にとって、患者さんのために尽くすというのは、180度の転換ですから。

 朝から夜遅くまで仕事をしても、誰に評価されるわけでもない。自分は一体何のために働いているのか…。ずっと用意されたレールの上を歩き続けてきて、初めて人生の壁にぶつかったのかもしれません。

 でも、いろいろな患者さんに接するうちに、だんだん考え方が変わってきたんです。幸せそうに見える人が病気で苦しんでいたり、人生って何でも思うようになるものでもないんだなって、諦観できて、フッと気持ちが吹っ切れたんです。

 そして、医者になって10年目、夢の中に患者さんが出てきて、ようやく私も医者になれたのかなって思いました。

 今は、「医者以上の仕事って何かあります?」っていうぐらい、医者になって良かったなと思います。生命の根源に関わる仕事だし、医学は楽しいですね。

医者として、タレントとして


1才のころ。お兄さんの七五三

 数年前、スポーツ紙のインタビューを受けたのをきっかけに、テレビにも出演するようになりました。最近はバラエティー番組にもよく出るようになりましたけど、芸能界で「旬」といわれる人たちに会うと、やはり刺激を受けますね。

 両親も、「いろんなタイプの医者がいてもいいんじゃない」と、一応認めてくれています。でも、私はタレント業が専門ではないから、勘違いしないようにしようと、いつも思っているんです。「現役の女医」という立場が珍しいから面白がられているけど、もてはやされるのも、長く続くことではないので(笑)。

 今はテレビに出ることがとても楽しいし、医者と芸能界、忙しいけど、両方を体験できるのは幸せだなと思いますね。まあ、今のところ、テレビの仕事以上に楽しませてくれる男性に出会っていないだけかもしれないけど(笑)。この先、もし患者さんから、もうテレビに出ないでくれと言われたら、そのときはやめようと思っています。

 ただ、私がテレビに出る意味があるとしたら、専門のアンチエイジングの医学を分かりやすく伝えること。それは私だからできることだと思うんです。こうしたらもっときれいになるっていう方法を、メディアを通してもっと多くの人に知ってもらいたい。

 でも、そんなふうに変わった自分に、自分でもびっくりしてるんですよ。昔は、そんなこと誰にも教えたくなかったし、敵を作ってどうするの?って思ってましたから(笑)。

理想の男性は「父」


お父さんにだっこされて。3才のころ

 アンチエイジングは、若さを保って病気にならないようにする医学。ホルモン治療から、予防医学まで分野的にはすごく範囲が広いんですよ。患者さんがきれいになって若返っていくのを見るとうれしいですね。

 美しくなる秘訣ですか?それは絶対にあきらめないこと。20代は何もしなくてもきれいだけど、30代からはあきらめたら最後、加速度的に老けていきます。だから、意識が大事。女らしくとか美しくなる努力を怠らないこと。

 私自身も紫外線を浴びないようにしたり、食事にも気を付けているんですが、少しでも油断すると、看護師さんや院長から怒られるんですよ。やはりアンチエイジングを提唱している医者が、美しくないと説得力に欠けますから。「先生はどうしているんですか?」と聞かれて、きちんと説明できないと、職業上まずいでしょう(笑)。

 アンチエイジングはまだ日本では歴史が浅いですが、海外では新しい技術がどんどん進んでいます。だから、勉強し続けていくことが大事ですね。患者さんにも、さらに高い技術や情報を提供できるように、努力していきたいと思います。

 これからの抱負は…できれば、2年後ぐらいには結婚したいですね。今は1人の方が楽だし、全然寂しくないけど、そのころになったら、きっと1人の寂しさが身にしみていると思うから。

 理想の男性は、父ですね。小さいころから、医療に真摯な父の後姿を見て、医者としても尊敬しているんです。私の言うことは何でも聞いてくれるし、お金にも不自由させないし。でもそんな人、この先現れるかなあ(笑)。

(東京都目黒区の事務所にて取材)



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