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206号 注目の人 エンテック創業者/福田 三智子さん

「廃棄物で地球環境の改善を『地球上には無駄なものは一つもないんです』」
福田 三智子/エンテック創業者
Profile

福田 三智子/エンテック創業者
1943年北海道生まれ。
64年北海道栄養短期大学中退後、雄別炭鉱(株)入社。
68年川崎製鋼入社。
71年北海道議会秘書課自民党担当。
72年元祖減塩梅干を開発、北海道でヒットする。
80年食品会社を設立し、北海道の農海産物製品を製造販売。93年、環境改善製品の開発、研究を始め、その後業界初の多孔質セラミックスを開発。
2000年エンテック(株)設立。
エンテック(株)は、06年 5月土木学会環境賞受賞、06年7月第8回国土技術開発賞の優秀賞受賞。


北海道の海を救いたい

 私が環境問題に関心を持ち始めたのは、もう30年以上も前のことでした。そのころ、ちょうど世界中で200海里漁業水域が設定されることになり、日本の漁業は、大きな転換期を迎えていました。当時、私は北海道庁の秘書課にいたのですが、連日、大学の先生や専門家が集まって会議している内容を耳にし、大変なことが起きていることを知ったのです。

 それまで、日本はカムチャツカなど遠洋から漁獲していたのですが、漁業水域が定められてしまうと、200海里の範囲内でしか魚介類を獲ることができなくなってしまう。しかし、そのころ北海道の海は、海底にヘドロが溜まって、昆布やワカメはおろか、魚も寄り付かない状態でした。どうしたら、魚の住める海の環境を取り戻せるのか?

 そこで、専門家の先生たちが出した結論は、まず海藻が育つ環境を取り戻すこと。そして、そのためには、泥水を濾過してきれいな水を海藻が取り込むための媒介、スポンジのような多孔質の物質が必要だと。それはまだ夢のような話でしたが、それ以来、私はいつかそういう素材を作り、海をきれいにしたい、と秘かに思い続けてきたのです。

多孔質セラミックスとの出会い


7才、赤平市の
茂尾小学校に入学

 そして、その夢にようやく1歩近づくことができたのは、10年ほど前のこと。思いがけない出会いがきっかけでした。

 以前からお付き合いのあった、富士製紙の理事長さんから、紙を作った後に出る廃棄物の焼却灰をもらい、何かできないものかと考えていたとき、フッとひらめいたのです。そば粉のような灰色の粉に水をかけると、スーッと水を吸い込む。私は「これだ!」と思いました。

 早速、PS灰と言われる焼却灰に、タイルや粘土などの窯業廃棄物を加えて、レンガを作ってみました。1200度ぐらいで焼くと、粘土が溶け出し、スポンジのような多孔質構造のレンガが出来上がったのです。ちょうど、パイやケーキの作り方と同じ要領。もともと大学で栄養学を学んでいた知識が役立ったんですから、人生分からないものですね(笑)。

 この多孔質セラミックスのレンガは、コップ2杯ぐらいの水を一瞬で吸い込み、汗をかくようにジワジワと水を放ちます。だから、例えばコンクリートやアスファルトの代わりに土の上に敷き詰めれば、保水もでき、さらに夏のヒートアイランド現象を抑えたり、土壌の改良など、地球環境を改善するさまざまな効果があるんです。

 でも、私がこの商品を売り出した6、7年前は、保水性や地球環境といっても大手のゼネコンはまったく耳を貸さなかったんです。時期が早かったんでしょうね。その後、東京都の「環境舗装東京プロジェクト」を知り、応募したところ、フィールド実験で最優秀評価を受けました。  おかげで最近は、日比谷公園などの公園や道路舗装、デパートや官公庁舎の屋上緑化などで広く使っていただけるようになりました。うれしい反面、それだけ地球環境への危機感がつのり、時代がひっ迫してきたんだなと思います。

 この5月には、日本土木学会から光栄にも環境賞をいただきました。何だか恥ずかしいような気がしますが、ここに至るまで山あり谷あり、本当に紆余屈折の人生だったんです。

商売はロマン


 私が生まれ育ったのは北海道の阿寒町。実家は、雄別炭鉱の下請けという形で炭鉱を営み、当時は300人ぐらいの従業員を抱えていました。11人兄弟の末っ子の私は、子どものころから裸馬に乗って、掘削所に通ってお手伝いをしていました。食べるものもなく、ガムの代わりに生麦の粒を噛んだり。今からは想像を絶するような、貧しい生活でしたね。

 そんな中でも、生きものが大好きだった私は、ケガをして弱ったブタを一生懸命育てたり、2匹のウサギを3年後に150匹ぐらいに増やしたこともあるんですよ。北海道の厳しい環境の中で、自然に生きるたくましさを身に付けたのかもしれません。

 それから、北海道庁に勤めた後、結婚して新しく商売を始めました。まず最初に手がけたのが「減塩梅干し」。最近は、塩分8%ぐらいの減塩ものが多くなっていますが、当時は減塩にすると梅が腐ってしまうというのが通説でした。塩の代わりにアルコールを入れたり、いろいろと試してみましたが、東京ではなかなか売れませんでした。

 そして、次に挑戦したのが「イモ餅」。子どものころ、北海道で食べるものがなく、代用品として食べていたものです。ジャガイモを原料に、今風にバターを入れて作ったところ、これが大ヒット。全国のデパートなどで販売し、1日100万円売ったこともありますよ。それと、冷凍のメロンやスイカを搾った生ジュースも大当たりしました。今の冷凍ジュースの先駆けですよね。農協と契約して、完熟した果実をジュースにすると、本当に甘いんです。 

 商品にも工夫をしましたけど、数売るためには場所選びもポイント。スペースの1番奥を選んで出店すれば、お客さんも気持ちに余裕があるので、ゆっくり見てくれます。そして、お客さんを笑わせること。「奥さん、今日おイモさん食べた?私の肌を見てごらん、食べるとツルツルになるよ」って感じで。商売のコツは、お客さんの心をつかむこと。フッと心が和むような会話が必要なんですね。商売はロマンなんですよ。

48才からの新しいスタート

 でも、その後忙しすぎて体を壊してしまいました。一時は目が見えなくなったこともあり、悩んだあげく、2人の子どもを引き取って、主人と離婚。辛い選択でしたが、1人で生きなくてはいけないと覚悟を決め、48才から新しい人生がスタートしました。

 そして、イモ餅をいつも愛用してくださったのがご縁で、富士製紙の理事長さんと出会い、多孔質セラミックスの開発へとつながったわけです。このセラミックスを開発してからも、いろいろなことがありましたよ。

 89年にエンテックという小さな会社を立ち上げたんですが、6年ほど前、あるところから会社の乗っ取りを図られ、まさに七転八倒の苦しみを味わいました。1日中、夜中まで嫌がらせの電話をかけてきたり、あの手この手で圧力をかけてくる。睡眠不足で食事もできず、娘が命がけで相手に立ち向かい、私を守ってくれたこともありました。とうとう、私はストレスから脳梗塞を患ってしまい、今でも右半身が麻痺しています。

 それでも、この多孔質セラミックスの特許を手放さなかったのは、この技術を人のため、地球のために役立てたいという強い信念があったからです。ただ1つ、彼らに感謝したいのは、精神力を鍛えられ、何があっても動じなくなったこと(笑)。人間、やろうと思えば何でもできるんですね。

地球環境を変える廃棄物の応用技術


20才春
札幌の建築会社に入社したころ

 昨年、ユニソンや太平洋セメントとジョイントし、新しい事業の展開を始めました。今、考えているのは、多孔質セラミックスの技術を断熱材や水耕栽培など、さまざまな分野で生かしていくこと。

 今までの水耕栽培だと少し栄養が足りないので、60種類以上の植物を微粉末にし、発酵させて酵素を作る。そして海の副産物から採ったミネラル。この酵素とミネラルを水耕栽培に栄養としてプラスすれば、すごくおいしい野菜ができるんです。

 さらに、容器の下に多孔質セラミックスを入れれば、そこに栄養分が凝縮されるので、面積も要らない。この技術が完成すれば、ベランダで簡単においしい野菜を育てることができるんですよ。

 また、土壌にこのセラミックスを砕いたものを入れるとバクテリアが繁殖して、土壌を改良してくれます。なぜ、化学肥料が土壌をダメにしてしまうのか?それは、酸素もなくバクテリアが栄養分解することができないから。このやせた土壌を元に戻すには、空気を入れてあげること。多孔質セラミックスは、土壌に空気層を作ってくれるんです。

 今、中国も化学肥料の使いすぎで、塩害などが起こってますが、土壌の改良や雨水の濾過など、タイアップして取り組みたいという依頼もきているんです。中国でこれ以上大きなダムを作ったら、地球環境は大きく変わってしまいます。それを食い止めるためにも、雨水を濾過して使うことが必要なんです。

 そしてもう1つ、開発に力を入れているのが、製紙業の廃棄物である焼却灰を利用した断熱材。

 焼却灰を小さく丸く固めて焼いたものを、家庭やレストランなどのグリルやコンロの中に入れる。そうすれば、グリルから出る熱の放熱を防げ、ガスも節約でき、CO2も大幅に削減できる。題して「グリル革命」。グリルから地球を救おうという壮大な計画なんですよ。  今、日本国内から出る廃棄物は、年間3億4000万トンほどだそうです。それが無駄に捨てられている。しかも、その処理には莫大な費用がかかり、ダイオキシンの発生など、さらに地球環境を汚している。この悪循環を誰かが止めなければ。私は、その最初の1歩を始めているだけなんです。

足るを知る


34才、長女3才、次女1才3ヵ月、
札幌の藻岩山のバラ園にて

 地球環境は、われわれ1人1人が真剣に考え、取り組まなければいけない問題ですが、何も特別なことではなく、みんなの力が団結すれば一気に解決すると思います。

 水や空気、あるのが当たり前だと思っていても、それがいつまで続くのか。私たちが無造作に食べ物を捨てる一方で、地球上の約3分の1の人々が食べ物に困っています。私たちは欲望や利益だけを追求して、大事なことを忘れてしまったのです。ですから、1人1人がまず原点にかえって、足ることを知る。それが大事だと思います。

 そして、30年前からずっと心に抱いていた海の問題にも、やっと取り組めるようになりました。この6月に、多孔質セラミックスのレンガを持って、青森の海に行きます。赤潮を止めるために、このレンガで海藻を育てたい。赤潮プランクトンの栄養となるリンや窒素などを海藻に吸収してもらう。でも、海藻は1年草ですから1年たつと分解して栄養分が海に流れてしまうんですよ。だから、その前に海藻を取り出して佃煮にしてしまおうと。おいしい佃煮を作れば、私のような成人病の人にもいいでしょうから。まさに一挙両得(笑)。  私は地球上にあるものはすべて無駄はないと思っています。廃棄物も応用すれば、立派に地球環境の改善に役立つ。廃棄物を生かして、環境を変えていくのが私の役目だと思っています。

 そして、人間も同じ。無駄な人間なんて1人もいない。みんなそれぞれ役目を持って生まれてきているんですよ。だから、死ぬ最期の瞬間まで、何か人のために役立って生きてほしい。人のために働くことが、生きるエネルギーになるのですから。私もまだまだ頑張りますよ。

(東京都中野区の事務所にて取材)



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