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198号 注目の人 歌手・アーティスト/真琴 つばささん

「大衆に溶け込むスターになりたい。人を元気にするのが好きなんです」
真琴つばさ/歌手・アーティスト
Profile

真琴つばさ/歌手・アーティスト
東京生まれ。宝塚歌劇団に入団、97年から月組トップスターとして活躍。
01年には avexよりCD『EDEN-黄昏は何も言ってくれない』をリリース。
同年、退団した後はライブ活動、ディナーショーやトークショーなど自らプロデュース。テレビ、ラジオ、執筆などでも活躍中。
今年はデビュー20周年を迎え、『わが歌ブギウギ~ 笠置シヅ子物語』(大阪松竹座12月1日~11日 名古屋、東京公演もあり)の大舞台に挑戦。
先日、3枚目のアルバム『Luminous』もリリース。(アルバムの中からの1曲「Wild flower」でプロモーションビデオが11月25日に発売)


バレーボールから宝塚へ、夢が急転回

>3才のころ。七五三(神社にて)

3才のころ。七五三(神社にて)

 小さいころは、バレーボールに夢中でした。いつかオリンピックに行くんだ、とずっと思ってましたからね。宝塚を知る前、まではね。  仲良しの友だちが、私を宝塚のショーに連れて行ってくれたんです。ちょうど「ベルばら」と呼ばれた『ベルサイユのばら』全盛のころですよ。あれが女性だけのステージだとは、当時の私は知らなかったんです。でもチームの息の合った演技に、子どもながらとても熱いものを感じましたね。そのとき、「私も、ここに入るんだ!」と思いました。まだ小学生でしたけど。

 その後も、中学までバレーボールを続けていたんです。宝塚へ、という夢を、もっと現実的に考えるようになったのは高校生になってからです。宝塚を受験するために、アルバイトをしてお金を貯めることにしました。うちの両親は、私の宝塚受験には反対でしたからね。

 忘れもしない、マクドナルドのアルバイトです。あのお店は「スマイル」が売り物でしょう。店長から、あなたは眼はキレイだけど、笑顔が足りないんだなあ、なんてよく言われましたね。笑顔がうまくできなくて、だから昇級も遅かったんですよ。


2001年7月2日宝塚歌劇団退団

2001年7月2日宝塚歌劇団退団
(宝塚ホテルにて)

 私のポスターやパンフレットを見てもらえると分かりますけれど、実際、笑顔で写っているものが、本当に少ないんですよね。10代の女の子がアルバイト先で言われたことが、こうして、後の女優としての自分に関わってくることになろうとは、思いもしませんでしたけれど。

 宝塚の月組では、あの『風と共に去りぬ』で、スカーレット・オハラという大役もいただきましたが、真琴つばさといえば男役、というイメージも強いんじゃないでしょうか。「哀愁」が私のトレードマーク、ということになっていますし。ボケ役、二枚目半の役…いろいろやらせていただきましたけど、たしかに笑顔の女性という役は、あまりなかったかなぁ。

 でもこうして今の私があるのは、お客さまに磨いていただいたようなものだと思います。お前はそのままでいい、無理に笑わなてくもいいんだ、そういう役でいい、と。

 ですから宝塚を卒業してから、無理に自分のイメージを女らしくしようとか、変えようとしたこともないんです。


 第一、スカートをはきたくないんですよ。脚を広げられないしアクティブに動けない(笑)。普段からパンツ党ですから。だから“男役が残ってる”と思われちゃうんだろうし、でも自分でも違和感はありません。ただ舞台では、女役としては少し押し出しが強すぎかな、という気がしてしまうこともありますけど。

デビュー20周年の今年、新しい世界に挑戦

 今年で、デビュー20周年を迎えました。この12月から、大きな舞台のお仕事が始まります。『わが歌ブギウギ 笠置シヅ子物語』という舞台で、ブギの女王といわれた主人公、笠置シヅ子さんを演じるんです。私のレパートリーの中で、女優としての本格的なお仕事は4年ぶりなので、だんだん緊張が高まってきましたね。

「わが歌ブギウギ~笠置シヅ子物語」

「わが歌ブギウギ~笠置シヅ子物語」

 笠置シヅ子という名前よりは「東京ブギウギ」を歌ったあの人、といったほうが今では分かりやすいかもしれませんね。この歌は、サッカーのJリーグFC東京の応援歌にもなっているそうです。歌として長い命を持っているんですねぇ。

 笠置さんといえば、もうなんといってもパッとしたあの明るい笑顔のイメージですよね。そういう意味でも、これは笑いの少ない私にとっては、絶好の機会となる出来事かもしれませんね。もうひとりの隠れた自分をひっぱり出せるチャンスかなとも思います。

 笠置さんは大阪から東京へ進出した方ですから、私はちょうど逆ですね。東京生まれで、この舞台で西へ行く。とはいえ宝塚で20年近く過ごしたから、もう中身は関東と関西のハーフ、なんですけどね。

 西の人間は、劇場でも欲張り。お金を払うからには、ちゃんと楽しませてもらおうという気風だから、私もスタートから気合いが違いますよ。

 私の人生でもそう多くはないですけれども、やはり自分にとって大きな仕事がやってきたときには、インスピレーションのようなものが、頭のてっぺんからビビッと降ってくるんですね。

 宝塚で突然、スカーレット・オハラ役をいただいたときがそうでした。宝塚ではそれまでずっと男役できて、私にはそんな役、あり得ないと思っていたんですけどね。言われた瞬間、もう心が決まってました。もちろん断ることなんかできないんですけれどね。

 この『わが歌ブギウギ』のお話をいただく直前にも、面白いことがあったんですよ。お仕事で大阪のホテルに泊まったときのこと。部屋に戻ってうとうとしていたら、懐かしい昭和の街並を鼓笛隊が通っていく夢を見たんですね。あまりに不思議で鮮明だったので、絵に描いておこうと思ったほどでした。

 笠置さんの生涯を演じることになって、彼女のことをいろいろ調べました。当時の映像の記録はなかなかないんですけどね。そのうち、彼女の無二の戦友ともいうべき音楽家、服部良一先生が、鼓笛隊からこの世界に入ったということを知って、その夢となにか縁のようなものを感じましたね。

 もうひとつ、ずっと思っていたことがあって、それは実在の人物を演じてみたいということ。今までは海外の人物ばかりに、眼が向いてしまっていたんですが、日本の、しかも私が生きているこのショーという世界に、こんなにドラマチックな人生を生きた、笠置さんという人がいたのか、と思いましたね。


すごい女性ですよ。美空ひばりさんもそうですが、笠置さんも戦争で暗く沈んだ日本を歌で楽しませ、励ました方です。小さいころ、実母と離れて養女に出され、仕事もロマンスも、まさに波瀾の生涯を送った方なんですね。古巣の大阪を捨てて、服部さんの招きで帝国劇場の松竹楽劇団の旗揚げに参加してチャンスをつかむ。今みたいに女性が社会進出するはるか昔ですからね。きっと、逆風もあったと思うんですよ。

 でも人前では決して涙は見せない。いよいよ出産を2週間後にひかえて愛する人が死んでしまうんですが、これがこの舞台でも唯一の悲劇です。そこから彼女を救ってくれたのが、歌であり舞台だったんですよね。

 彼女は今でいうシングルマザーですよね。それまですごい苦労をしてスターへの道を切り開いてきたのに、自分の歌に納得がいかないと、その歌もやめてしまう。彼女には徹頭徹尾、迷いというものがないんですね。

 独身でこうして仕事を続けている私にも、彼女が前へ進んでいく姿はとても励みになりますよ。

目指すのは大衆に支持されるスター

 もともと笠置さんにあこがれていたというわけではないんです。でも、以前にライブでこの歌が好きで選んでいて。それが「東京ブギウギ」。大阪では「大阪ブギウギ」も歌いました。

 歌っていうのは、作る人、歌う人、聞く人が三位一体になったときに、時代を超えて残るものなんだなぁ、とつくづく思いますね。彼女の歌も、そうした要素が絡み合って、こうして今に残っているわけ。だから素晴らしいんです。ここに歌というものの本質がある。自分もそういう歌や舞台に出合いたいですね。私はあまり人をうらやんだりしないほうなんですが、そういう笠置さんの人生は、やっぱりうらやましいですよね。

 私には笑顔のイメージもちょっと希薄だし、自己主張の強いロック系の人に見られがちなんだけど、笠置さんはまったく違うでしょう。彼女はとても大衆的なアピール力と、包容力を持ったスターです。

 私、スターにも2つのタイプがあると思うんですよ。ひとつは大衆が崇拝するスター、それと大衆に溶け込むスター。笠置さんは間違いなく後者ですね。

 私が最終的に目指しているのも後者。実は私の本質もそうだと、自分では思っているんですけど、どうでしょう。宝塚で哀愁派といわれていたときにも、自分では、私は庶民派と言い張っていたぐらいですから(笑)。

 今、残っている笠置さんの写真や映像を見ていると、もちろん姿カタチは違っていますけど、どこか近いものを感じてしまうんですよね。どう言ったらいいのか分からないけど、女優としてのカン、というか、やはりインスピレーションのようなものですね。

元気のない世の中に活力をあげられたら

20周年記念ライブ「KISEKI」

2005年7月
20周年記念ライブ「KISEKI」

 先日、私にとって3枚目のCD『Luminous』を出しました。デビュー20周年の記念になるようなものを、と思って、13の曲ごと13枚の歌詞カードをつけて、どれでもカバージャケットになるというちょっと面白い作りなんですよ。「Luminous」というタイトルは光り輝く、という意味なんですが、強い女をイメージできる曲を集めて歌ったんです。
でも私は、自分を歌手とか女優というよりも、エンターテイナーになりたい。大衆演芸の世界で、皆さんに喜んでもらいたい。人を元気にするのが好きなんですよ。

 やっぱり今の日本は元気がないでしょう。女性のほうが、まだ元気かな。韓流ブームもそうですが、やっぱりあれだけ心を熱くしてくれるものには、例え言葉は通じなくても心が通ってしまう。これから世の中の中心になっていく私と同じ世代、30代、40代の方々の活力になるようなものをやっていきたいと思いますね。

 私自身、元気に、自由にやってますよ。朝、お日さまにおやすみを言ってから寝るような生活ですけど(笑)。結婚はどうかな。猫と暮らしてみて最近やっと心が通うようになってきたんですが、こんなお仕事をしていると、何年間か、猫と暮らすのもタイヘンなのに、まして人と暮らすというのは、本当にタイヘンなことじゃないかしら。

(渋谷区ROBERT'S Shanghai Home Diningにて取材)



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