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189号 注目の人 作家/室井 佑月さん

「『1番愛してる』って子どもに伝える。子育てはそれで十分じゃない」
室井 佑月/作家
Profile

室井 佑月/作家
1970年青森県生まれ。
ミス栃木、モデル、女優、レースクイーン、銀座のクラブホステスなどの職業を経た後、97年「小説新潮」 5月号の「読者による『性の小説』に入選。
以後「小説現代」「小説すばる」などに作品を発表し、98年に『熱帯植物園』(新潮社)を上梓。
さらに同年『血い花(あかいはな)』(集英社)、99年には『piss』を講談社より刊行。「anan」「青春と読書」などで連載していたエッセイも好評を博す。
最近では活動の幅を広げて、若い女性の代弁者、恋愛の教祖、そしてお母さん、という立場からテレビ、ラジオでコメンテーター、シンポジウムでパネリストとしても活躍中。
今年1月にショートストーリー集「ぷちすと」(中央公論新社)を刊行した。


クラブ勤めをしながら小説に取り組んだ


 毎日だいたい朝5時ぐらいに起きて、午前はテレビやラジオに出演し、午後から執筆に入ります。夕方には4才の息子をお風呂に入れて、寝かしつけ。仕事がたまっているときは、それから2~3時間仮眠を取って、明け方まで原稿を書いていますね。

 講演旅行にもよく行きます。楽しみは地元のスーパーに寄ること。「こんないいお肉なのに安い!」など発見があって面白いんですよ。先日は熊本で酸っぱいけど甘い、とてもおいしいミカンを見つけて、何箱も買い込んじゃった。山形ではぶどうやラ・フランス、北海道ではじゃがいも、宮崎では牛乳という具合に、スーパーでたくさんおいしいものを見つけてきます。土産物店には行ったことないですね。

 私が講演で出張中は、息子はお風呂はなし。だって体重が20キロもあるから、同居する両親じゃとても入れられないんですよ。

 作家デビューは、新潮社の賞に入選した27才のときです。それまで作家になるなんて、思ったことなかった。少女時代からの夢は、お金持ちとの結婚だったから(笑)。

 上京してOLも半年やりました。入社面接で「英検1級の資格を持っている」とウソをついたんだけど、入社後すぐバレて。事務仕事も下手、接客も下手で、ポットの熱湯を誤ってお客さんの頭にかけたことも。半年経ったころ「結婚します!」と、私にいじわるしていた会社のお局様に宣言して辞めました。そのときはちょっと快感でしたね(笑)。

 それからはミスコンで賞金稼ぎをしたり、女優をしたり。レースクイーンは8ヵ月でクビ。そうしてアルバイトニュースを片手に銀座を歩いていたとき、クラブホステスとして引き抜かれ、しばらくアルバイトすることにしました。そのうち、お金持ちはお金持ちとしか結婚しないものだし、「人の気持ちをいじるより、自分自身でがんばったほうがいい」って思い始めたのね。

 小説は銀座でクラブ勤めをしながら、書き始めました。お客さんに作家の先生がいらして、作家もいいなと思ったのがきっかけ。そして好きな作家の作品、村上龍さんやチャールズ・ブコウスキーの小説をパソコンに打ちこみ、文章の練習を積みました。小説教室に2回ほど通ったところで賞に入選し、半年後には作家として稼げるようになったんです。

小説とは「上手についたウソの日記」


室井さん、小学校の遠足にて

 小説とは「ウソの日記」。そう私は捉えていますね。「できるだけ上手なウソをつく」という点においては、ホステスの仕事と同じじゃないかな。ホステス時代、ウソは得意でしたよ。医者のお客さんの前では、「大病院の娘」になりきって振る舞ったりとか(笑)。

 私、1人でボーッとしているのが得意なの。普通、1時間同じところに座ってボーッとしてろって言われてもなかなかできないものだけど、私は全然平気。完全に自分の世界に入っちゃえるのね。番組に出演中でも、自分の世界に入り込んじゃうときがあります。先日冬の屋外での番組収録のときも、鼻水垂らしながらボーッと完全に自分の世界に入っちゃって。いきなりコメントを求められたときは、けっこう慌てた(笑)。

 1人で空想するくせは、思春期のころからありました。女の子ってトイレ行くのも何でも一緒に連れ立って行動したがるけど、私は1人きり自分自身と向き合っていた。いま思うと、あの時間はとっても貴重でした。小説の題材は、そんな1人の時間に育まれてきたように思いますね。

 一般に「友だちは多いほうがいい」って言われているけれど、違うと思います。私にとっての「友だち」とは、5年間ぐらい付き合ってやっとできる存在。それはその人を信用するしないでなく、その人のことを分かるまでそれくらいかかるから。アドバイスしたら責任を持たなければいけないし、許せないことがあったら1年2年、口をきかない。そんなことができるのは、それでも関係は切れないと分かっているからです。

 私にとって友だちとはライバルであり、背を向けると即座に後から刺されるかもしれない関係。私は普通の知り合いに対してはけっこうユルいというか、たいていのことは許せてしまうんだけど、友だちに対しては、それほど厳しいものがありますね。

 「欠点を好きになれる」、これが私の友だちの条件。誰とでも仲良くなれるなんていう人は嫌いです。

「こうでなきゃならない」育児はない


室井さん、2才のころ自宅にて

 1日のうちで幸せな時間は、息子と過ごすときですね。

 息子はこれといったら絶対、自分の意思を曲げない性格なの。遊びたい!と思ったら寝かしつけで家中を真っ暗にしても、平気で車をブーブー動かして遊んでいる。歯医者に行っても「今日はしたくない」と思ったら、絶対に口を開かない。チャンネル争いはしょっちゅうだし、こないだはあまりに言うことを聞かないので、デパートで母子喧嘩。人だかりができちゃった(笑)。

 怒って「ぶつよ!」と言うと、息子は「ぶつならぶてよ」なんて言い返す。思わずこちらは笑ってしまいます。夕食のときは「ばあちゃんには内緒だからよ」なんて、私の好きなお酒を注いでくれたり。私が泣いているときには、「ボクも涙たれるよー」なんて悲しそうに見る。そんなときは抱きしめたくなりますね。“子どもは親を選べない”というけれど、本当は親を選んで生まれてきているように感じています。

 女性が働きながら子どもを育てるって、とても難しいことだと思う。私の場合、家事は同居する母がやってくれるので仕事ができるけど、これが全部1人でやらなきゃいけないとなると難しい。特に完璧主義のお母さんだと、両立はたいへんでしょう。大体、育児雑誌や本に書いてある「こうしなくちゃいけない」ことを全部やろうとするなんて無理ですよ。そんな「理想のお母さん」を必死になぞるよりも、自分にどうしてこの子が生まれてきたのかなとその意味を考えたほうがずっといい。

 よく「お母さんがご飯を作らないと、子どもに愛情が伝わらずに非行に走る」なんて言われるけど、あれもウソだと思う。家事が苦手な私が、幼稚園のほかのお母さんを真似して必死にお菓子作りしても勝てるわけない。それより、その分ガンガン働いてそのお金で人を雇って、息子との時間を作ったほうがいい。つまり、「こうでなければならない」「こうしなければ愛情は伝わらない」という常識に縛られることなんてないと私は思いますね。

 理想をなぞるより、自分なりの方法を作ればいいんです。「弱いものいじめしない」「ゴミは投げ捨てしない」と自分なりの基本的ルールを決め、「ママはおまえを1番愛している」と子どもに伝える。それさえできていれば、あとは勝手に育っていくと思うの。
うちの息子は「自分が死ねば、ママも死ぬ」と本気で思っています。ママにとって自分は1番の存在、と信じて疑ってないのね。

 「母ちゃんの子でよかった!」と子どもには思わせたい。息子がうちの子である特典は、童話がうちにたくさんあること、私の交友からいろんな人と会えること。オカマさんとかクラブのお姉さんとか(笑)。それからいつも楽しい気分にさせてもらえること。私、食べたいものがあると、夜タクシーを飛ばしてでも食べに行っちゃう性格なもので。ちなみに、いまの息子とのブームはラーメン屋さんの行列に1番早く並ぶことです。

 あと、何かやりたいと思ったら何でもやらせてみる。包丁だってやりたいと言えば、使わせています。いずれ使うものだし、別に自分の胸刺すわけじゃないんだから。

 子どもを持って、私自身1番大きく変ったことは、長生きしたくなったこと。以前は「若くて綺麗なうちに、早く死にたい」とばかり思っていた。でも子どもを持ってからは「できるだけ長生きしたい」って望むようになりました。

 いつか子どもは自立していくし、人生のうちのごくわずかな時間しか一緒にいられない。そう思うといまの時間を大切にしたい。だから、子育ては楽しまなきゃ損なのね。

私が私の1番のファンだから

 最新刊「ぷちすと」(中央公論新社)は、3分間で読めるショートストーリーが88篇。夫婦や親子など、さまざまな男女が登場します。

 小説の構想は、頭の中にたくさんあります。ネタが足りなくて困ったことはないです。悩むとしたら、それをどう表現したらいいかですね。

 執筆はパソコンに向かって、「おかしい!」とゲラゲラ笑いながら書いています。自分で書きながら、読者の目で読んでいるのね。一方で、過去に書いたものの悲しい部分なんか読み返すと、「悲し過ぎる!」と涙が出てくる(笑)。だって書いていない部分も自分には分かっているから。私が私の1番のファンなんですね。

 作家を自分の生きざまとして捉えている人がいるけれど、私はひとつの仕事と割り切っている。だから作家として稼げなくなったら、こだわらずに違う仕事に就くつもり。私1人だけだったら大丈夫だけど、いまは守る立場。両親や子どもといった、養う家族がいるから私が働かないわけにはいかない。作家をこうして「仕事」と思うことについて、5年前くらいまでは後ろめたい気持ちがありました。でも、いまではこれが私なりのやり方なんだと思っています。


銀座ホステス時代

 現在の夢は、ビルを建てること。だってビルを持っていれば、そこから安定した収入が得られて仕事がなくなるストレスから解放されるでしょ? 私、連載が 1本なくなっただけで、眠れないほど落ち込んじゃうタチなんです。3日も休みがあると不安になって、通帳覗いてお金の心配ばかりしている。だからビルさえあれば、心の余裕ができるなあって考えて(笑)。

 毎年毎年「今年がピーク」という気持ちで仕事に臨んでいます。みんなが「もういいよ」と言うまでがんばるつもり。今年は家族をテーマにしたものを書きたいですね。

 いつか、息子が私の小説を読んだらどう感じるんだろう?って想像します。息子とは毎晩寝る前に創作話を一緒に作るんですけど、彼、なかなか上手なんですよ。登場人物のセリフの部分なんか、口調をうまく使い分けたりしてね。息子は自立が早そうだし、将来は物書きになるかもしれないな。

 でももし彼が将来作家になったら、私、応援できなくて困るなあ。だって、書いている背後で「フレッフレッ!」ってはやしたてるわけにはいかないもんね(笑)。


(世田谷区の事務所にて取材)



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