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188号 注目の人 画家/田村 能里子さん

「美のある暮らしに、勇気を持ってトライして」
田村 能里子/画家
Profile

田村 能里子/画家
1944年、愛知県生まれ。武蔵野美術大学油絵実技専修科卒業。
1969年から4年間、インドに滞在し、大地に生きる人々を描く。
1986年、文化庁芸術家在外研修員として中国に滞在。西域各地を探訪する。中国・西安のホテル「唐華賓館」をはじめ、中山競馬場、客船「飛鳥」、横浜MM21コンサートホール、名古屋セントラルタワーズ、青梅慶友病院、テルモ株式会社、銀座のファンケルスクエアなど、これまで壁画45作を制作。
昭和会展優秀賞、現代の裸婦展グランプリ、日本青年画家展優秀賞、前田寛治大賞展佳作賞などを受賞。
1989年中国政府より国際特別賞受賞。現在無所属。大地にしっかりと足を踏みしめて逞しく生きるアジアの女性たちの「たおやかさ、しなやかさ」をテーマに描き続けている。
2004年5月丸の内の丸ビルにて「田村能里子の宇宙」風ノカタチ 人のかたちと題したイベントを開催。


朝から晩まで13時間、1ヵ月半没頭する


 私はもともと油絵を描く洋画家ですが、近年は壁画の仕事にも多く携わってきました。これまで描いた壁画作品は45作。壁画は油絵と違い、公共のものという性格があります。油絵はどこかのお宅の部屋に納まったとしたら、ほかの人はめったに見せていただけませんものね。描いた私自身もお願いして見せてもらうしかない。でも壁画は、ホテルや病院のロビー、図書館など、そこに行けば誰でも見られる場所にある。壁画とはこのように公共のものだから、私は壁画制作を依頼された場合、公共の場所以外は考えさせてもらうことにしています。これまでの作品は、特別な一部の人が使うスイートルームなどではなくて、みんなが集うメインロビーにあります。

 1枚の壁画の制作期間はひと月半。最初に描いた中国西安のホテルのロビーにある壁画は1年半かかりましたが、このごろは慣れて、現場も便利になってきましたから。それにいつまでも足場を組んでおくと現場の人たちに迷惑だから、こちらも1日も早く仕上げないといけない。朝8時ごろ現場に入ったら夜 10時まで13時間取りかかり、ときには徹夜になることも。ひと月半、1人きりでその絵にどっぷりひたる。集中したとき、そこを通る人用に『声をかけないでください』と看板を掲げたことも(笑)。絵に費やす時間は決してもったいなくないですね。このさき100年以上、私の命よりもずっと後まで残る絵との付き合いは、私の人生の中でたったひと月半。

 下絵は描かない主義。だって、テーブルの上で描いた小さな絵を大きく引き伸ばしてなぞるような作業には、いろいろ疑問があるので、すべて現場に入ってからイメージをふくらましていきます。色や形、内容をどうするか、気分を集中して現場で闘い、勝負していきますね。

 銀座にあるファンケルスクエアの壁画の場合、当初主体とする色はグリーン、または私の特徴である赤にしようと考えていました。しかし銀座の街を歩き眺めているうちに、ネオンを含めてブルーの色が使われていないことに気付いて。そこで爽やかなブルーを基調にすることにしたんです。こんなふうに現場でパッパッと探知機みたいに反応して、方針を変化させていくことも…。「美神は現場におあします」と私は言いたいですね。

壁画とは空間を征服すること

ファンケルスクエア壁画『FUN-FUN』2003年

ファンケルスクエア壁画『FUN-FUN』2003年

日中合弁ホテル(西安)「唐華賓館」壁画『二都花宴図』

日中合弁ホテル(西安)「唐華賓館」壁画『二都花宴図』

 やがて筆を置く大切な瞬間が訪れます。「これでベスト」と思ったら、それが筆置きの大切なときです。サインをしたら二度と手を入れられません。絵はやりすぎてもいけないんです。手を入れ続け、美しい瞬間を見逃すことがないように。ひと月半ビッと集中してやって、筆置きのチャンスを逃さなければ、いいものができるはずです。

 壁画制作は1人きり。孤独な作業ではあるけれど、「どんな人が見るのかな」「どんな顔して喜んでくれるのかな」と想像すると決して孤独でないし、発奮材料にもなります。西安のホテルなら、観光から帰ってきた人の心をホッとさせ、軽く疲れた心をマッサージしてあげられるような絵。客船・飛鳥ならみんながドレスアップしてそこで写真を撮るかもしれないし、病院のロビーにある壁画なら、入院患者のご家族が「またお見舞いにここにこよう」と思えるような絵にしたい。喫茶室から眺められる銀座のファンケルスクエアでは、旦那さんと喧嘩して心さびしく訪れた人を「人生って楽しまなきゃね」と爽やかに壁が迎えるように。あるいは通勤の人が、絵の中の気に入った美神に「今日もがんばるからね」と心のなかで声をかけるかも。渋谷のハチ公みたいに待ち合わせの目印にされてもうれしい。このように壁を通して、みんなと語り合う気持ちで描いています。

 さらに皆さんがどんな顔して作品を眺めているのか知りたくて、年に2回壁画ツアーを日本ばかりでなく中国やバンコクでも開催しています。これが好評で、 1週間で120名も集まるほど。私自身がバスガイドをやってご案内しているの。こんなことする絵描き、あまりいませんよね。時間があったら絵を描きなさいと言われそうね(笑)。

人と競わない。決めつけない。

壁画 『二都花宴図』制作中

日中合弁ホテル(西安)「唐華賓館」
壁画 『二都花宴図』制作中

 絵描きになろうと決めたのは中3のとき。上京して学んだ武蔵野美術大学のある先生からは、最初からものごとをこうでなければと決めつけないことを教わりました。間違った決めつけ方で、自分の花が咲かないこともある。それよりアメーバのように自由に変形できる心、柔軟な頭を保つことが必要と。どんなふうにもなれる自分を育てること、それが絵を描いて本当の自分を見付けることにつながるのです。

 20代にインドに渡り、4年間滞在して現地の女性たちを描き続けました。当時、女性がインドへ行くことはすごく珍しかった時代。ガイドブックなんかなかったけど、ガイドがないのもいいもんですよ。

 壁画を描くきっかけになったひとつは、かつて所属していた絵の団体での出来事から。私の作品がそこでグランプリになったのですが、一部から「5センチ大きいのでは」と異論が出ました。そのとき「絵のよさは5センチ、10センチうんぬんじゃない」と思ったことが、大きな壁画へと向かわせるきっかけになりました。

 またそのとき、無所属、フリーになる決心もしました。絵の世界でどこかに所属しないということは、会社に属さないのと同じ。でも誰の許しを請うことなく、自分で自由に動ける。私のモットーは人と競わない、人と比較しない。自分のできることをする。こうしてコツコツと作った人生と思うと、欲ばりさえしなければ、この先はもっとのびやかに楽しみにどんどんつながってゆくようになりますね。

 とにかくこれまで、コツコツやめないで根気よく積み重ねてきました。元来、女の人はコツコツが得意なんだから、編み物の目をひとつひとつ編むように、最後までやりたいことをやめないのが大事。結婚しても、出産してもね。そんなコツコツやっている自分を、誰かがきっと見ていてくれる。長いことやってきて、そう実感しています。そして、そんな自分が好きです。

力いっぱい遊ぶのが”能里子流“

客船「飛鳥 壁画『季の奏』制作中1991年

客船「飛鳥 壁画『季の奏』制作中1991年

 依頼されても同じ絵は二度と描けません。その時代、そのときの自分だから描けたものだし、同じことを繰り返すのが私、苦手なんですね。

 描くたび、毎回2キロは体重が減ります。身を削って描いていると思われるけれど、皆さんに私のパワーを送ることで、私自身も元気になれるんです。よく「先生からパワーをもらった」なんて言われるけれど、実は私がみんなのパワーを吸い取ってるわけ(笑)。

 オフタイムは力いっぱい遊びます。特に壁画制作に入る前と後は、大勢集めてパーティーを開く。「赤」とか毎回こだわってテーマを決めてね。あと数日で壁画制作に入るなら、それまで身体を休めればいいのかもしれないけれど、私は思いっきりエネルギーを発散して使い果たしたい。すると「これだけ遊んだんだから、もう後は没頭して仕事に集中できる」って思えるんです。そして終わったらまたみんなでお集まり。今度はどんな仕掛けをして、どんなテーマで集まろうかな!と考えると、またワクワクしてきて。これが能里子流のやり方。人生は舞台だという気分がどこかにあるのね。

 これからも絵という文化を通して「美」を追求したい。私は生活のなかで美しい空間を作るのにとても興味があり執着しています。そうした空間作りやトライする気分を皆さんにも提案していきたいです。美意識を持った暮らしをするのは、日本人は下手。お金をかけるのでなく、手持ちのもので工夫してみてほしい。みんなモノを買うまでは執着してがんばるのに、手に入れたらどこかのコーナーに入れて忘れてしまう。お皿や絵はがきなどを壁に貼って模様替えするなど、インテリアでもガーデニングでもテーブルコーディネートでも、自分なりの発想で工夫してみる。1枚の布をアレンジして、部屋の雰囲気を変えたりね。その空間にときには仲間で「アジアンテイストのファッションで集まろう」なんてアイデアを出すのもいい。

 日常が舞台であり、台所に立っている自分ですらも、そこでは私が主役。そんな意識を持って、生活に自分なりの美空間を作り上げてほしい。美を通して遊びながらみんなとコミュニケーションできたら、暮らしに味わいが出て、人間元気が出るじゃない?

 だから、できそうなことは何でもトライすることですね。先日、雰囲気の“古風な”友人に「髪の毛ショートにしてみたら」とアドバイスしたら、「私は何十年もこの髪型だし、古風なのが好き」と最初はちょっと、と思われたのかも…でも彼女髪を切ったら、一転してすごくおしゃれな女性に変身して明るくなった!こんなふうに勇気を持って柔軟な気持ちでやってみることよ。気に入らなかったら髪はまた伸びるんだし(笑)。

こんなにも楽しい中年になるとは!

 今年もすでに壁画制作の予定が入っています。1月からは読売ランド跡地の病院、そして京都にある製薬会社のロビー。どんな絵が生まれるか、私自身も今から楽しみでしょうがないの。壁画が子どもだとすると、自分は産みの親。どれも二度と同じものは描けない。壁画制作は空間を征服すること。自分が描いた壁で空間がどのようにも変わる、怖いことでもありますが、すべて残るという緊張感もプラスして楽しみでもあります。

 これまでを振り返ると、マイナス10度の雪のチラつくなかで描いたり、大型客船のゴンドラに宙ぶらりんになって踏ん張って描いたりと、がんばってきた自分に「よくやったね」と言いたくなります。

 でも、病院にある壁画を眺めるおばあさんの目が輝くのを見たり、見知らぬ人と壁画を通して会話が生まれたりお手紙をもらったりしたときに、「今まで大変でも、描いてきてよかった」と実感するんです。

 だから今、こんなに面白い中年期を迎えるなんて、生きててよかったと思うくらい。大変なときもたまにはあるけれど、それは自分が欲ばりすぎたことが原因。自分ができることを精一杯情熱を持ってすることで十分満たされます。

 自分らしく人間らしく生きるには、のびやかにやることが大切ね。それにはやっぱり勇気が必要です。かつて私が若かったこともあり絵の先生の考え方教え方に反発して単身上京したこともありましたが、勇気を持って挑戦することが前に半歩歩き出すこと…。自分が何を求め何を考えどんなことが好きなのか、一生かかって本当の自分が見付かるといいわね(笑)


 皆さんも生活のなかで美に対してどんどん工夫し、勇気を持ってトライしてほしい。それは自分を育てることにも通じます。今まで一生懸命育ててきた自分を、年を重ねてもなおのびやかにしなやかにしたらいかがでしょうか。

 私はこれからも絵にまつわる仕事をし、一方で皆さんと美を通して遊ぶ。これでもう十分。人生の時間は足りないくらいだわ(笑)。

(中央区銀座にて取材)



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