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174号 注目の人 女優/紺野 美沙子さん

「国と国も家族も、お互いの違いを認め合うこと、それが平和への第一歩なんですね」
紺野 美沙子/女優
Profile

紺野 美沙子/女優
東京生まれ。慶応義塾大学文学部卒。
1980年、NHK連続テレビ小説「虹を織る」のヒロイン役で人気を博す。
「紺野美沙子の科学館」(テレビ朝日)では15年間司会を務め、「そして歌は誕生した」(NHK)や「東京色」(テレビ東京)では案内役としても登場。
テレビ・映画・舞台で活躍する一方、「『怪獣』のそだてかた」(世界文化社)など著書多数。
1998年に国連開発計画(UNDP)親善大使の任命を受け、カンボジア、パレスチナ、ブータン、ガーナを視察するなど、国際協力の分野でも活躍中。
映画「母のいる場所」「阿修羅のごとく」が公開中。来年は帝国劇場にて「細雪」の公演が控えている。


助け合いの精神で、心豊かに暮すアフリカの人たち


 この夏、国連開発計画(UNDP)の活動で、ガーナを訪れました。アフリカ大陸に足を踏み入れるのは初めてだったので、少し不安もあったのですが、行ってみると、「ここが本当にアフリカかしら?」と思うぐらいアジアの国々ととてもよく似ていて、アフリカに対するイメージがずいぶん変わりました。

 今回、私はガーナの首都アクラから車で3時間ぐらいの距離にある、マンヤクロボ地区というエイズの孤児たちが非常に多い地区を訪ねました。そこでは、クイーンマザーと呼ばれる女性たちがいて、1人が6人の孤児を引き取って、自分の子どもと同じように育てているんです。

 エイズという深刻な問題を、自分たちの手で解決しようと協力しあっている姿に、とても胸を打たれました。日本ではなかなかできないことですし、そういう助け合いの精神が残っているのはすばらしいことだと思います。彼女たちから歓迎の印にと、クイーンマザーの称号をいただいて、大変うれしかったですね。

 ガーナには、もともと1人が富を得たら、それを貧しい人みんなに分け与えるという習慣があるそうですが、先進国と呼ばれる国の人たちが失ってしまった心の豊かさを持っていて、一体どちらが豊かなんだろうかと、思わず考えさせられました。

 アフリカは、民族的なつながりが非常に強いので、その反面、部族間の争いが絶えません。いろいろな不幸や悲しい出来事が多くても、それでもアフリカの人たちがとてもパワフルなのは、様々な宗教の中で、生まれ変わった来世や神様の世界では幸せになれると信じているからだそうです。

 日本では、そういった「心のよりどころ」もなくしているような気がします。

親善大使はUNDPの広報担当

ガーナ・マンヤクロボ地区にてエイズ孤児と

ガーナ・マンヤクロボ地区にてエイズ孤児と

 私がUNDPの親善大使に任命されたのは1998年のこと。最初にお話をいただいたときはまさに晴天の霹靂。だって、それまで国連の活動についてほとんど関心がありませんでしたし、UNDPの存在すら知らなかったんです。親善大使というと、ユニセフの黒柳徹子さんやオードリー・ヘップバーンさんなど経験豊かな方々が活動されているのに、「どうしてこの私が?」と驚くやら戸惑うやら。

 でも、「本業に差し支えない程度の活動で結構です」と言われて、私でお役に立てるならとお引き受けしたんです。後になって事の重大さと責任の重さに気がついて、悩んだこともありましたが、今は背伸びをしないで、自分にできることをやらせていただこうと思っています。

 UNDPというのは、日本ではまだまだ知名度が低いのですが、例えばイラクやアフガニスタンのように紛争後の復興を支援したり、開発途上の国や地域が独り立ちできるまでの国づくりや人づくりの援助をする機関なんです。息の長い、地道な活動ですが、その活動を広く知っていただくためのいわば広報担当が私の役割。私が親善大使を務めることで、少しでも国際協力を身近に感じてもらえれば、うれしいですね。

紛争の被害を受けるのは罪のない子どもたち

パレスチナ・ガザ地区にて

パレスチナ・ガザ地区にて

 就任以来、カンボジア、パレスチナ、ブータン、そして今回のガーナと4ヵ国を視察しました。その中で、1番悲惨だなと感じたのはパレスチナでした。それぞれの国で抱えている問題は大きいのですが、パレスチナではどんなに援助をしても、根底に平和がないとその援助が生かされない。日本が援助して建設された病院や学校なども数多いのですが、ここ3年激しくなった紛争で、かなりのダメージを受けたと聞いています。本当に平和の大切さをまざまざと思い知らされました。

 いろいろな国を回ると日本という国が、あらゆる面で恵まれているのを強く感じます。例えば、今まではアフリカにしても日本が直接植民地支配をしていたわけでもないのに、どこまで援助する必要があるのだろうか、という気持ちも心のどこかにありました。でも、実際に苦しんでいる子どもたちを見ると、国や歴史に関係なく、少しでも余裕のある人が援助するのは当然だと、素直に思えるようになりました。

 どこの国に行っても、子どもたちは無邪気でかわいい。それなのに、紛争や貧困の影響を真っ先に受けるのが、そんな子どもたちなんです。私も子どもを持つ母として、世界の子どもたちのために何ができるか、これからも自分に問い続けていきたいと思っています。

叔父が撮った写真がきっかけで芸能界入り

ブータンにて僧の修行をする少年たちと

ブータンにて僧の修行をする少年たちと

 私が女優としてデビューしてから、もう20年以上がたちました。高校3年生のときに、叔父が撮った写真をカメラ雑誌に投稿したのがきっかけですが、最初はモデルになりませんかと誘われたんです。

 その後、NHKの朝の連続テレビ小説『虹を織る』のオーディションに挑戦し、合格したときは本当に信じられない気持ちでしたね。私のように、芸能界に縁もコネもない人間が選ばれるなんて、うれしい反面、びっくりしました。

 もともと、小学校のころから国語の時間が大好きで、教科書を朗読するのが好きだったんです。5年生のときに演劇部に入って、『安寿と厨子王』の安寿役に選ばれてから、演じることの楽しさに目覚めてしまった(笑)。

演じる瞬間だけ夢を見られるーそれが女優の醍醐味

 演技の醍醐味というのは、役を通じていろんな方の人生を疑似体験できることですね。例えば、ドラマの中で疑似恋愛もできるし、映画や舞台でも、演じているその瞬間だけ夢を見られる。本当の自分だったら絶対に言えないようなことでも、セリフで言える爽快感もありますね。

 舞台も今は年に1回ぐらいですが、テレビと違って、直にお客様からの反応が返ってくるので、緊張感はありますが、それだけにやりがいを感じます。見て下さったお客様から、面白かったとか元気が出たとか、そういう感想をいただくと、本当にうれしいですし、ありがたいなと思いますね。今までいろいろな役をいただきましたが、初めての主役や初めて悪女に挑戦するときなど、高いハードルを越えなくてはいけない役ほど、特に印象に残っています。女優としてのキャリアを重ねるごとに仕事をいただくことの重みや責任感が強くなってきました。役者がたくさんいる中で、私に役をいただけることはありがたいなと思いますし、どんな仕事でも同じですが、失敗したら後がない。だからこそ、1つ1つのご縁をより大切にしたいと思うようになりました。

 最近は、家庭とのバランスを考えながら、あまり欲張らずに、自分のリズムでやっていこうと思っています。でも、セリフを覚える時間もなくて毎日、綱渡りのような状態。移動の車の中で覚えたり、朝早く起きて練習したりするんですが、年齢とともに、なかなか覚えられなくなってきましたね(笑)。

占いが変えた私の人生

 実は、20代後半のころすごく悩んだ時期があったんです。そのころは、肩に力が入っていて、女優としても自信がなく、これでいいのだろうかと。その一方で、友だちがどんどん結婚していくのを見て、30才までに結婚しなくちゃと焦っていたんです。そんなとき、本の中の占いで「苦手なことに挑戦すると幸運を呼ぶ」と書いてあるのを読み、それなら文章を書いてみようと思ったんです。

 そして、初めて書いたエッセイ本が『M―misojiのひとりごと』でした。本を書くことでだんだん、ありのままの自分でいいんだと思えてきて、フッと肩の力が抜けたとき、今の主人と出会ったんです。やっぱり、あの占いが当たったんですね(笑)

 主人は、几帳面な私とは正反対の性格ですから、結婚してものの見方が広がりました。年に1回のUNDPの視察のときもいつも同行してもらっているので、精神的にもとても助かっていますね。お互いに仕事を持っていますから、週末だけはオフにして家族の時間を大切にするようにしています。

 今は息子も小学2年生になり、やっと手がかからなくなりましたが、子育てに専念しているときはテレビで活躍している女優さんを見て、焦ったこともあります。母親業は24時間休みなしのコンビニと同じ。特に子どもが幼稚園までは本当に大変ですよね。でも、考えると、子どもが100%母親を必要とする時間はとっても短い。そう思うと、一緒にいる時間がものすごく貴重に思えたり、子育てを楽しむこともできるんじゃないかしら。

 最近は、夜のお酒でほんの少し自分の時間を楽しんでいます。日本酒もワインも焼酎も何でも好きですが、お料理に合ったお酒をいただくと、とてもリラックスできますね。

家族の絆を大切にしたい

カンボジアプノンペン郊外のスラム街を視察

カンボジアプノンペン郊外のスラム街を視察

 来年春、介護をテーマにした『母のいる場所』という映画が公開の予定です。これは、久田恵さんというノンフィクションライターの方が書かれた同名の小説を映画化したもので、私はその主人公・泉役を演じています。久田さんご自身の、母親の介護の体験をもとに、介護を明るく前向きに描いた作品です。主人公・泉の母が入所した老人ホームを舞台に、介護を通してそれぞれが自分の生き方を見つめ、失いかけた夫婦や家族の絆を取り戻していく―そんな内容ですが、実際に介護に関わっている方にも見ていただき、よしまたがんばろうって思っていただけたらいいですね。

 家族は、私にとってもかけがえのない存在ですが、しっかりと絆を築いていくには、お互いにちょっとした努力が必要なんだと思います。UNDPの活動を通して、あらためて感じるのは、国と国、人と人がお互いの違いを認めることが、何より大切だということ。それぞれの文化や価値観の違いを尊重しあうということが、家庭も世界も平和にする第1歩なんだと思いますね。

(東京都港区南青山 紺野美沙子さんの事務所にて)



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