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151号 注目の人 歌手/庄野 真代さん

「音楽でこの地球を守りたい」
庄野 真代/歌手
Profile

庄野 真代/歌手
1954年、大阪府生まれ。1976年デビュー。
78年に「飛んでイスタンブール」「モンテカルロで乾杯」など、たて続けに大ヒットを飛ばし、その年の紅白歌合戦に出場。
80年に世界1周旅行に出発。1年間かけて、28ヵ国132都市を歩き、帰国後は音楽活動だけでなく、講演・司会・レポーターなどでも活躍。
2000年、法政大学・人間環境学部に入学。現在、環境問題と世界中を歩いて感じた広い意味の愛をテーマに、幅広い音楽活動を行なっている。


思い残しのない人生を生きたい


photo Thoru Ibuki(Wendy)

 この、かけがえのない地球のために、一体何をすべきなのか、私たちに何ができるのだろうか、勉強したい―。

 そんな思いから、昨年の春、法政大学の人間環境学部に入学しました。ただいま二年生。女子大生をやっています(笑)。学部の名前の通り、いろんな分野の授業があり、文化人類学とか環境社会論とかおもしろいですよ。

 実は、2年前に事故と病気で2度入院したんですが、その時、人間はいつ何があるかわからないから思い残しのないように生きなきゃと思ったんです。それで、やり残していること、これからやろうと思っていることのリストを書き出してみました。ファンクラブを作ること、ホームページを作ること、そうだ、大学もきちんと行ってなかったなって。

 その後、退院して新聞を見ていたら、「法政大学に人間環境学部創設」の記事。しかも社会人入試もあると。「これだ!」と思ってすぐに願書を取り寄せ勉強を始めました。合格通知がきてから、仕事と両立できるだろうかと悩みましたが、思った以上にうまくいっています。一つ一つ知識が増えていくことが今はすごく楽しいですね。

歌は、心を伝えるもの

 考えてみると、音楽活動を始めてからもう30年以上になりますが、最初はプロになるなんて思ってもいなかったんです。

 私は生まれつき腸に欠陥があったらしく、小さい頃から入退院をくり返していました。でも、夢の中ではすごく元気で自由自在に空を飛んでいました。心の翼があったのかな…。やりたいことがいっぱいで、すごく前向きな病人でしたね(笑)。

 6才からオルガンやピアノを習い、本格的なバンド活動を始めたのは高校生の時。オーディション荒らしをし、セミプロ活動もしていましたが20才の時もう歌はやめて違うことをしようと決意。でもやめる前に何か証を残したい、そう思って受けたコンテストでなんとグランプリを獲得。それがプロへの第一歩となったわけですから本当に人生って不思議なものですね。

 高校3年の時、出演料としてもらったLPレコード券で手にしたキャロルキングを聞いてものすごいショックを受けました。

 「君が困っている時…私を呼んだらいつでもそばに行くよ…」。日本語ならとても照れ臭くて言えないようなことを、さらりと歌っている。とりわけ歌が上手いわけでもないのに、どうしてこんなに心にしみるんだろう。

 そう思った時、ふっと気がついたんです。そうだ、歌は心を伝えるものなんだ。伝えようという気持ちが相手に伝わるんだって。これは、きっと歌だけじゃなく、家庭の主婦でもどんな職業も同じでしょうね。その仕事を通して、誰かに喜んでもらえたら、そこに何かが伝わるんだと思います。

かけがえのない地球を再認識した旅


チュニジア ベルベル族といっしょに
photo Mayo Shono

 環境問題に興味を持ち始めたのは、21年前の、世界一周旅行がきっかけでした。

 ちょうど、「飛んでイスタンブール」がヒットした翌々年になりますが、コンサートで全国をめまぐるしく回っていた時期に、ふと思ったんです。そうだ、旅人をしよう…って。私はよく思いつき人間だと言われますが、まさにその通り(笑)。

 バッグパックを肩に放浪の旅にでたのは、思いつきから1年後のこと。

 それからの2年間、28ヵ国を回りました。生まれたままの地球の素顔や、その土地で暮らしている様々な人々と触れ合い、本当にこの地球はかけがえのないものなんだと、強く感じたのです。


スイス インターラーケンにてヒッチハイク中
photo Mayo Shon

 サハラ砂漠のはじっこの村で、文明とはほど遠い生活をしている人々が、水やエネルギーをすごく大事に使っているのを見て、ハッとさせられました。まだ 5、6才の小さな子どもが何時間もかけて水を汲みに行くのです。その仕事を毎日こなすことが、彼の誇りであり、家族もまた深い感謝の気持ちを表わします。その生き生きと輝いた笑顔を見ながら、日本でこんな風に家族の中でお互いに感謝しあったり、尊敬しあっている瞬間はどのぐらいあるのだろうか。あまりにも便利さに慣れ、有り余る物に囲まれて生きているけれど本当に豊かなのだろうか。いろいろなことを考えてしまいました。

 一方、ヨーロッパでの古いものを大切にしようという考え方は、現代でも受け継がれているし、大量生産・大量消費の国アメリカでも、環境問題に対して、具体的な取り組みが始まっていました。  旅を終え日本に戻ってから、19年経ちますが、資源ゴミの分別がはじまったのは、つい最近のことで、まだまだ私たちは、地球の現状を甘く考えているようです。私は、環境の専門家になるために大学で学んでいるのではありません。広い知識やたくさんの情報を自分なりに把握し、専門家の人たちの理論や意見を、一般の人々にわかりやすく伝えるパイプ役になれればいいなと思っています。私が一番得意とするのは音楽なので、その場を通じてメッセージできこともあるでしょう。

音楽ボランティアをNPOにしたい


ボランティア活動で老人ホームで訪問コンサート
photo Mayo Shono

 昨年から、より身近なところで楽しさを分かち合いたいと、学校や老人ホームなどに訪問コンサートを始めました。これは、普通のコンサートとは違った感動があるんですよ。

 帰り際、お年寄りの方が「生きててよかった…」と涙を流されると、生きてることの意味深さを改めて感じます。心の底から喜んで聞いてくださると、逆にエネルギーをもらっているような気がします。老いとか病気に対して、私たちは不安に思ってしまいがちですが、実際にお年寄りの方々と多く接するようになり、老いるというのは、決してみじめなことではなく、人生を極めていくことなんだなと思うようになりました。

 訪問コンサートを思いついたのは四年ほど前のこと。友人が入院していた同じ病室の女の子があるロックグループの大ファンで、サインを頼まれたんですが、それを渡す前にその子は亡くなってしまったんです。コンサートに行きたがっていました…。その後、母の入院先で、ここでコンサートを開きたい、という職員さんの相談を受け、コンサートを配達しようと考えました。

 それで、今年の春、大学で「ボランティア論」を専攻しこの訪問プロジェクトを企画したところ、たくさんの学生たちが集まってくれたんです。

 さらに、後期で「NPO論」を受講し、この活動をNPOにしよう、とまたまた思いついたわけで(笑)。現在、「つばさミュージック」と名付け、NPOに申請中です。音楽で国際交流をしたり、ボランティア団体の支援をしたり、もっともっと広がった活動ができるといいですね。

 音楽はボーダーレスだから、国境や人種をも越えどんな人とも交流できます。歌を通して、少しでも地球に心を広げてくれたらうれしいですね。そして、地球人としての意識を持って行動を起こせる人を、1人でも多く増やしていきたい、そう思っています。

 きっと、私は70才、80才になってもこんな風に、何かやろうよって、思いつきで生きているんだろうな。もういい加減にしたら、なんて子どもたちに言われながら…(笑)。  ともあれ、来年がこの地球にとっても、皆様にとっても健やかな年になりますように。


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