Wendy-Net トップページ > Ms Wendy > Back Number > 147号 注目の人 登山家/田部井 淳子さん

Ms Wendy

BackNumber

147号 注目の人 登山家/田部井 淳子さん

「女性初の7大陸最高峰登頂者 山に魅せられて」
登山家/田部井 淳子

山との出合い

 初めての登山は小学校四年生の夏休み、先生や同級生と行った栃木県の那須山だった。「山といえば緑」と思っていたが、この山は火山で草木がなく、川にお湯が流れているなど今まで知らなかった風景に出合った。そして、登山は競争ではなく、ゆっくりでも歩いていれば頂上に立つことができること、自分の足で歩いた達成感、また、誰も自分の代わりはしてくれないということも体で感じた。

 本格的に山登りを始めたのは大学生のとき、たまたま友人に誘われて参加した登山がきっかけだった。東北の山と関東の山のちがいに驚き「もっとちがう山があるかもしれない。よし、今度はここに登ろう、もっと難しい山に登ってみよう」と各地の山を登り歩く日々が始まった。

女性だけの登山隊

 「女だけでヒマラヤに行かない?」という話から、1969年に女性だけの女子登攀クラブが結成された。エベレストを選んだのは比較的情報が多く、女性だけでも登れる可能性があったからと、やはり世界で1番高い山に行ってみたいという気持ちがあった。当時エベレスト遠征といえば億単位の費用が常識だったが、資金が集まらない。結局、総予算を4300万円に切り詰め、15人の隊員が180万円ずつ自己負担することになった。多くの隊員にとって、それはほとんど年収だった。

エベレスト登山隊最大の危機

エベレスト

 エベレスト登頂を開始して12日目、第2キャンプでのこと。夜中に「ズッシーン」とものすごい音が響き、直後に身動きが取れなくなった。大雪崩がテントを直撃したのだ。幸いシェルパ(ヒマラヤに住む民族。登山案内、荷運び人)のテントが無事で全員助け出されたものの、食料や装備をかなり失った。

 ケガ人も出て、パニック状態の隊員もいる。ベースキャンプにいた隊長は「とにかく降りてきて」といったが、ここで降りたら退却しかない。「隊員が登るのなら自分達も登る」というシェルパの言葉にも後押しされ、登山は続行されることになった。

世界の最高峰を目指して

世界の最高峰を目指して

 最終キャンプに残ったのは、シェルパのアン・ツェリンとの2人だけ。 そ れぞれが18kgの荷物を背負い出発した。すぐに深い雪に阻まれた。体全体を使って踏み固めながら少しずつ進むのだが、5m進むだけで心臓が飛び出すのではないかと思うほどくたびれた。そして約2時間後、やっと南峰に到着。頂上も見えた。しかし、目の前には鋭く切れ落ちた稜線が続いている。「こんなところをどうやって行くのだ」と私は息をのんだ。

 南峰から先はわずかだが下りになっている。ナイフの刃のような稜線の右側が中国、左側がネパールだ。ネパール側に体をおき、1歩1歩横ばいに進む。先を覗き込むと、頭は中国側になり、下を向くと両足の間から第2キャンプが豆粒のように見える。中間には雲もぷかぷか浮いている。ものすごい高度感だ。「ここから落ちたら…」と考えると、髪の毛が逆立つような気分で、緊張で気が狂いそうだった。

 シェルパを信頼し、とにかく足を運ぶことだけを考えた。体を引きずるように歩いていると、数歩前を行くアン・ツェリンが「タベイサン、チョウジョウダヨ」と日本語で声をかけてきた。1975年5月16日の午後0時半、最終キャンプを出て6時間40分、やっとたどり着いた頂上だった。でも、「登ったぞ!」というよりは「もう登らなくていいんだ」というのが正直な気持ちで、「あんな恐ろしいところを降りるのか」と帰りの不安の方が大きかった。

幸せを実感

 ベースキャンプに戻るとネパール国王を始めたくさんの祝電が届いていた。 でもそのときは祝電よりも「もう山の上には誰もいない。隊員もシェルパも全員無事に下りてきたんだ」ということがすごくうれしかった。行きと帰りの人数が同じということ。これが何よりも幸せなことだった。

全員で成し遂げた登頂

 登頂は一瞬の出来事だった。しかし、その一瞬のために1400日という長い間、いろんな地域でいろんな職業をもった女の人たちが準備をしてきた。むしろそのことの方が登頂そのものよりもうんと貴重で、大事なことだと私は思う。15人の隊員の中で、たまたま肉体的条件がよくて登頂メンバーに選ばれたのが私だった。登頂者だけの力ではなく、みんなの力で成功したのだということを知ってほしいと思う。

自然を感じて

自然を感じて

 ブナの林などを歩くと足元から「生きている」と実感でき、生活するうえでの活力を得られる。

 また「これは大丈夫かな?」という判断力や危険を感じ取る五感を養っていくのも登山のおもしろさだと思う。自然に触れ、自然を味わうと、世界が広がり人にも優しくなれる。もっと自然を感じ、楽しんでほしい。そして、自然を汚さず守っていこうと思うようになってほしい。

 今、私は日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(HAT―J)の代表として、身近な山からヒマラヤまで、山の環境について考え、清掃活動などをおこなっている





BackNumber

(無断転載禁ず)