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334号 ノンフィクション作家 小松 成美さん

勘三郎という役者と心の欠片

ノンフィクション作家 小松 成美さん

ノンフィクション作家 小松 成美

小松 成美/ノンフィクション作家

1962年生まれ。82年毎日広告社へ入社。放送局勤務などを経て、90年より本格的に執筆を開始する。人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラムを執筆。2014年6月、高知県観光特使就任。近著は『熱狂宣言』(幻冬舎)、『五郎丸日記』(実業之日本社)など。

 歌舞伎が大好きだ。江戸の芝居を21世紀に観るという古典回帰への感慨や、伝統文化への憧憬ももちろんあるけれど、何より歌舞伎役者の姿と肚(はら)に惚れている。

 善悪、美醜、悲喜、など人間が持つ感情や価値観、好き嫌いを、これでもかとクローズアップして描いた演劇は、人間の本質をくっきりと描き、愉快であり、時には鋭く胸を突く。

 登場人物は大仰で艶やかで、その心理は繊細で曖昧で、こんなに振り幅の大きな表現が許される芝居は、他に例を見ないと思っている。

 10代で歌舞伎座に通い始めて以来、私はいつ何時も、こう考えてきた。「こんなに華麗で複雑な物語を許容する日本人に生まれて良かった」と。

 仮名手本忠臣蔵、勧進帳、弁天娘女男白浪、助六由縁江戸桜、東海道四谷怪談、京鹿子娘道成寺、鏡獅子、俊寛、といった人気演目の台詞や義太夫の語りを一節呟くことでその喜びを増幅できた。

 そんな私の歌舞伎への愛情を培ったのは、紛れもなく18代目中村勘三郎丈である。当時、5代目勘九郎だったその役者の表情や所作や、声や舞踊に魅せられた私は、20代半ばにOLから転職して執筆をはじめると、「いつか中村勘九郎の本を書いた作家になる」と、夢を膨らませた。

 願い続ければ、夢はかなう。その実証のような出来事が起こったのは、勘九郎さんが亡き父上の名跡を継承することになった2005年のことである。

 「小松さんに俺の本を書いてほしいんだ。遠慮なんていらないよ。どんなことでも、見たこと聞いたこと、俺の全部を好きに書いていいからね」

 いつも側にいて何時間もインタビューを許される特別な取材環境を与えられ、私は『さらば勘九郎 十八代目中村勘三郎襲名』という本を書き上げた。

 うれしくて、楽しくて、勘三郎になったその人の芝居を観ていることが人生の歓びとなった私は、アメリカ公演や欧州公演へも同行した。7歳年上の勘三郎さんを追いかけて記す人生がずっと続くと信じて。

 2012年12月、勘三郎さんが57歳で天に召されてからも私の歌舞伎好きは変わらない。けれど、その心のど真ん中に、拳ほどの穴が開いてしまった。

 子どものころからずっとそうしてきたように、今も舞台を観る度、役者の熱を受け止めようと胸を張り膨らませるのだが、その何割かが穴から背後へとすり抜けてしまう。そして、全身全霊で江戸の演劇を楽しんでいた時代を、懐かしいと思ってしまう。

 勘三郎という役者を愛した私の心の欠片は、今どこにあるのだろうか。きっと、冬の晴天の日に天に駆けていった勘三郎さんが持ち去ってしまったに違いない。

 勘三郎さんがいたころの歌舞伎を、もう一度観たい。

 そう思う私は、新たな芝居の幕が開く度に、いるはずのないその人の姿を、舞台に探してしまうのである。

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