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本音のエッセイ

328号 詩人・児童文学作家 藤川 幸之助さん

味わい

詩人・児童文学作家 藤川 幸之助さん

詩人・児童文学作家 藤川 幸之助

藤川 幸之助/詩人・児童文学作家

1962年生まれ。長崎大学教育学部大学院修士課程修了。小学校の教師を経て、認知症の母親の介護の経験をもとに、命や認知症を題材にした作品を作り続けている。また、認知症への理解を深めるため全国各地で講演活動を行っている。著作は『徘徊と笑うなかれ』(中央法規)など多数。

 北海道の池田町に講演に行った。池田町は十勝ワインの生産地で、講演後ワイン樽を見せてもらった。その際に「ブランデーを飲んでみますか?」と聞かれ、「ウイスキーも作っているんですか?」と聞き返すと、「いいえブランデーを」と返ってきた。これまでアルコールを散々飲んでおいて、知らないのにもほどがあるが、ブランデーはブドウを原料とした蒸留酒でウイスキーは穀物を原料とした蒸留酒とのことだと初めて知った。

 この年になるまで、ブランデーとはどこかの産地の名のついたウイスキーだと思って飲んでいたので、ブランデーもウイスキーも同じ味であったが、ブドウからできていると知ってブランデーを飲んでみると、蒸留酒の味の奥にブドウの「味わい」があるではないか。試しに池田町からマスカットで作ったブランデーを取り寄せて飲んでみたが、これも赤いブドウとはまた違ったマスカットの「味わい」だった。味とは舌で感じる感覚だが、「味わい」とは味の趣とでも言おうか。その味によって開かれる感覚や揺れ動く心があって、その感覚や心で感じる味の奥に広がっている世界を「味わい」と言うのではなかろうか。

 私にとって味わい深い料理の一つにカレーライスがある。私が好きなものだから、小中学校の入学式の時も私が教員採用試験に合格した日も、節目節目の時には母はいつもカレーライスを用意してくれた。母は認知症になって料理の作り方を忘れてしまってからも、私が実家に帰る日にはカレーライスを作ろうとした。ジャガイモとニンジンを持って途方に暮れ、台所でしゃがみ込んで泣き出した母の様子を父から聞いた。

 父はいつも言っていた。「幸之助、お前は幸せだよ。認知症になってお母さんは何でもかんでも忘れ去ってしまうけど、お前の好物のカレーライスは忘れとらんよ。お前を愛する心はしっかりとお母さんの中に残っているよ」と。私はカレーライスを食べるといつも母のことを思い出す。味の奥に感じる母の私への思いが、カレーライスという料理の中に味わいを作り出しているにちがいない。

 ブランデーの試飲の後、池田町は元来ブドウの育たない土地で、ブドウ栽培の苦労や耐寒性醸造用ブドウの開発の話を聞いた。今日もブランデーを一口舌に運ぶ。ブランデーの味の奥に感じる人の思い。北海道十勝の大地の息吹。その味の背後に広がる世界を味とともに味わう。

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