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本音のエッセイ

318号 盆栽家 山田 香織さん

盆栽は日本旅のはじまり

盆栽家 山田 香織さん

盆栽家 山田 香織

山田 香織/盆栽家

盆栽清香園4代目園主 山田登美男のもとに生まれる。1999年に彩花盆栽教室を設立、主宰。また、テレビ、雑誌、出版、講習会、さいたま観光大使など多方面で活躍。著書は『「盆栽」が教えてくれる人生の答え』(講談社)、『はじめての盆栽樹形』(NHK出版)他多数。
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 盆栽と聞いて、ご隠居さんの趣味を連想されるのは一昔前の話。今や海外では多くのサークルを有し、世界盆栽大会(4年に1度開催)は2017年に発祥の地、さいたま市で開催が予定されている。私が生まれ育ったのはその名もさいたま市北区盆栽町。幕末から続く盆栽園に一人娘として育った。わが家の家訓に「絵描きに負けるな」というものがあり、これは「盆栽は生きた植物で自然の風景を表現するもの。風景画を描く画家の表現力に盆栽家として力量で負けないよう、精進を怠るな」という戒めである。

 盆栽と一般的な鉢植えの違いは、この「自然の再表現」「植物の姿を通じた絵心」が鉢の中の植物にあるか否かが大きなポイントとなる。だから盆栽の世界では「自然が手本」と教えられる。盆栽というと松のイメージを持たれる方が多いと思うが、単に松を鉢で育てて剪定(せんてい)の作業を楽しむのが盆栽ではなく、その松が風景画や襖絵に登場するような松と比べても観賞価値があるものを目指すところに面白さがある。

 盆栽に従事して16年目になるが、そんな私が強く感じることは「盆栽を育てるようになると、日本の原風景を知りたくなる。旅に出たくなる」ということだ。表現する側としては、自分の中の引き出しに「こんな風景を描きたい」「こういうところの松はこういう姿をしているのか」「なんて美しい景色なんだ」と具体的な日本の景勝地への思いが多ければ多いほど、それが間接的に盆栽づくりの際の糧となる。それは手本となる風景を知ることになる。まだ肌寒い高原に春を告げるカラマツ林の新緑、滝や渓流沿いの霧がかかる中で見たイワガラミの花、真夏の岸壁で海風に負けず葉を伸ばす松の力強さ、収穫の時を告げるススキの穂やコスモスの花、野鳥に狙われる柿の実、厳冬期の古寺でみた苔庭の美しさ。出合った風景やその時の温度、風、湿度、日の強さ、時刻といったものをただ自分の中に流し込んでおきたくなる。そして、いつかそれが盆栽の姿を通じて再現すべき手本となる。

 だから、主宰する盆栽教室の生徒さんも「盆栽をはじめて、山歩きが好きになった」「庭園めぐりが趣味になった」とおっしゃる方が多い。

 私たちの日本文化は「縮みの文化」と聞いた。大きな世界を小さな空間に凝縮し、無駄を省き、見立てという想像力に培われた世界を自由に解釈する。日本の国土は美しい。日常的に旅に出ることはできないが、日常生活の中で、盆栽を育てると新しい発見が持てるはず。

 小さな鉢の中で、あなたのお気に入りの景色を楽しんではいかがだろうか。命ある植物は健気で愛おしく、思い出への回顧と共に、あなたの日常に心をほぐすひとときを与えてくれるはずだから。

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