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299号 渋滞学者 西成 活裕さん

アリは人類を救う

渋滞学者 西成 活裕

渋滞学者 西成 活裕さん

西成 活裕/渋滞学者

1967年、東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター教授。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。専門は数理物理学で、さまざまな渋滞を分野横断的に研究する「渋滞学」を提唱し、著書『渋滞学』(新潮選書)は講談社科学出版賞などを受賞。また、多くのテレビや新聞などのメディアにも登場している。

 アリを眺めていると、どうしてこうも整然と行進できるのかと不思議な気持ちになる。その興味が高じて、アリの行列は渋滞しているのかどうか調べてみた。アリの行列をビデオに撮って動く速さを調べてみたところ、かなり混雑しているように見える状況でも、動く速さは落ちていないことが分かった。しかも、アリは混雑時でもあまりお互いの距離を詰めず、最低でも自分の体長程度は常に空けていることが分かったのだ。

 私たちが車を運転するときは、混んでくると逆にイライラしてどんどん車間を詰めてしまう。車間を詰めてゆとりがない場合、前の車が少しでも減速すると自分もその後ろも直接その影響を受けてしまい、全体の流れがますます悪くなってしまう。高速道路では最低でも車間を40メートル空けることで、渋滞は回避できることが分かっている。車だけでなく、人の場合も同じで、適度な間隔を空けて歩いた方が群集の動きはスムーズになるのだ。短期的な視野で考えると、少しでも詰めた方が進んでいるような気分になるが、長期的に見れば、そのせいで渋滞を招いてしまい、大きな損をしてしまう。アリは詰めれば詰めるほど身動きがとれなくなることを知っており、その非効率な動きを回避する知恵を進化の過程で身につけてきたといえる。アリは約2億年前から地球上に暮らしている人類の大先輩なのだ。

 私は仕事柄こうした自然の知恵に触れる機会が多いが、その度にいつも感動している。自然は私たちに、長く生き残るための、真に効率的な方法を一生懸命教えてくれているのである。その声にじっと耳を傾けるのが科学者の仕事だと思うし、さらに社会に届けていかなくてはいけないとも感じている。

 どうも最近のニュースなどを見ていると、経済対策など短期的な成長と利益を目指す対症療法に思えるものが多い。最新技術も同様で、一見便利になるように見えても、長い目で見て人間の能力をおとしめる可能性があるものは注意すべきだと思う。そのためにも、今得するものに飛びついて将来損してしまうのではなく、今損しても将来得する、という考えを私たちは常に心に留めておく必要があるだろう。将来のプラスを見越して、今は計算づくであえてマイナスをとることを、私は「科学的ゆとり」をとる、と名づけている。生物はこうした知恵によって、さまざまな想定外な環境変動にも耐えて生き抜いてきたのだ。持続可能な社会へのヒントは、案外身近な自然の中にあるのかもしれない。

 

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