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本音のエッセイ

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295号 トラベルキャスター 津田 令子さん

旅の記憶

トラベルキャスター 津田 令子

トラベルキャスター 津田 令子さん

津田 令子/トラベルキャスター

東京都生まれ。旅行ジャーナリスト。日本全国を駆け巡り、旅の情報を発信している。NHKテレビ・ラジオで観光地の紹介を行う他、セミナー講師としても活躍。観光業界の活性化にも意欲的に取り組む。NHK学園・文化センター講師。NPO法人ふるさとICTネット理事長。

 旅の楽しさを一人でも多くの方にお伝えしたくて、「トラベルキャスター」として「旅を仕事」にしてきた。普通、旅とはたまに行く非日常的なものだ。しかしわたしは、それを日常にしてから今年で25年目を迎えた。旅は訪ねた人たちを優しく包みこみ、安らぎと生きる活力を与えてくれる。「旅に出るとほっとするのよね」。そして、「また明日も頑張ろう」。って思っていただけたらと番組をつくってきたような気がする。職業柄「今まで訪ねた中で一番好きな場所はどちらですか」とよく問われる。そういう場所は星の数ほどあって返答に困ってしまう。一番好きな場所は、不動ではないのだ。そのときの心境や季節や流行など、内的要因と外的要因によって微妙に変化し続けている。


 その手の質問には決まって「一番行きたい場所ならありますよ」と切り返すことにしている。一番行きたい場所は、たった一つ。それは、もう訪ねることのできない場所である。


 丸物(まるぶつ)百貨店というデパートの屋上にあったひなびた小さな遊園地だ。そこは池袋の東口。現在はファッション専門店のPARCOとなっている。その屋上の小さな淡いクリーム色の電車に乗せてもらうのが何より好きだった。どんなにぐずっていようが、それにさえ乗れば一転、機嫌が良くなったらしい。10円玉を入れると、カシャッとお金の落ちる音がして、前に進むのではなくガタゴト左右に揺れ始める。小さな手で握った白くて硬いハンドルの感触。やたら高くて大きい音のする警笛を何度も鳴らしたこと。足が届かず、結局一度も踏むことのなかったブレーキ。など、今でもしっかり記憶している。


 たいていの女の子は、まぶしいほどキラキラピカピカなメリーゴーラウンドや、どこまでも夢に向かって一緒に飛んでくれそうな大きなピンク色のダンボに乗りたがった。私は違っていた。来る日も来る日も、クリーム色の電車に何度も何度も飽きずに乗った。


 あれから40数年がたった。相変わらず新幹線をはじめ、たくさんの電車・列車を乗り継いで、日本中をぐるぐる駆け回り、各地を訪ね取材し、時に現地からレポートするという職業に就いている。幼いころの小さなおもちゃの電車に乗った愉快な思い出と心躍らされた記憶を背負いながら、なるべくしてトラベルキャスターになったのかもしれない。人は皆「天職だね」と言う。1年のうちの3分の1は旅に暮らすという日々を送っているが。懇意にしていただいているトラベルミステリー作家の西村京太郎さんは「国内版『兼高かおる』みたいだね」とおっしゃるが、なんのなんの。まだまだ足元にも及ばない。これからも、もっともっと旅に出て暮らすように旅をしていくのだろう。

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