Wendy-Net トップページ > 本音のエッセイ > BackNumber > フリーアナウンサー 町 亞聖さん

本音のエッセイ

BackNumber

280号 フリーアナウンサー 町 亞聖さん

全てのことには時がある…

フリーアナウンサー 町 亞聖

フリーアナウンサー 町 亞聖さん

町 亞聖/フリーアナウンサー

1971年生まれ。1995年日本テレビアナウンサーとして入社。スポーツ、天気、クラシック、ニュースなどさまざまな番組を経験。その後、報道に活動の場を移し、記者、アシスタントプロデューサーなども務めた。活動の幅を広げるため、2011年6月フリーへ転身。

 去年、日本テレビを退社し、フリーアナウンサーとして再び活動を始めたのが40歳。

 実は私にとって「40歳」という年齢には大きな意味がありました。それは母がくも膜下出血で倒れ、右半身麻痺、言語障害という重い障害を負い、車椅子の生活になった年齢が「40歳」だからです。まだ高校生だった私には受け入れがたい現実、人は突然病気や事故などにより、命を落としたり、当たり前の生活を奪われることがあるということを目の当たりにしたのです。

 幼いころから憧れていたアナウンサーになり、その後、報道局へ異動。記者兼キャスターとして医療など生涯のテーマに取り組んでいましたが、2度目の異動で、情報番組の裏方の仕事になりました。アナウンス職へ戻してほしいと10年以上も希望していたにも関わらず…、叶いませんでした。

 現役のアナウンサーではない私にどれだけやれるのか?大きな不安はありましたが「もし、今母のように倒れたら絶対に後悔する」、そして、「誰かのせいにしながら生きるのは嫌だ」と思い、会社を辞めることを誰にも相談せずに決断したのです。

 「アナウンサー」にこだわっていた私は、会社を辞めようと思ったことが何度かありました。アナウンス部から報道部へ異動したときもそう。しかし、父が病気のため療養中でしたので、家のローンなど経済的な理由があり、自分の夢のためだけに辞めることはできませんでした。このときは、母が末期の子宮頸がんで亡くなってから、わずか1年しかたっておらず、人生のどん底でした。

 ただ、今振り返ると、がんなどの医療問題を始め、自然災害、皇室、事件事故など10年に及ぶ報道での取材経験は掛け替えのない財産となりました。あのときに早まらなくて良かったと心から思っています。父も母の後を追うように亡くなりましたが、天国の両親も「自分らしく」生きるための選択をした私をきっと応援してくれていると思います。

 18歳から直面した10年以上に及ぶ母と父の介護。自分の人生を少し後回しにすることになりましたが、命の尊さや家族の大切さなど、たくさんのことを学ぶことができました。「全てのことには時がある」。介護、2度の異動、そしてフリーになったことも…。人生に起きた全てのことは無駄ではなく今に繋がっています。これまで出逢った人との「縁」に支えられ医療や介護の分野を中心に声をかけていただき、なんとか「生涯現役の伝え手」の再スタートを切ることができています。“夢”を諦めないで本当に良かった。

 18歳のころからのもう1つの夢「母のように障害や病気であっても最後まで住み慣れた地域で暮らせる社会をつくる」ためにこれからも力を尽くせればと思います。

 まだ40歳!夢の途中です。

BackNumber

(無断転載禁ず)