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本音のエッセイ

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277号 中部大学教授 武田 邦彦さん

本音のない人たち

中部大学教授 武田 邦彦

中部大学教授 武田 邦彦さん

武田 邦彦/中部大学教授 

1943年東京都生まれ。1962年都立西高等学校卒業、1966年東京大学教養学部基礎科学科卒業。同年旭化成工業(株)に入社、1986年同社ウラン濃縮研究所長、1993年より芝浦工業大学工学部教授を経て、2002年より名古屋大学大学院教授、平成19年より現職。

 社会には本音と建て前がありますが、2011年の原発事故はまさに「建前社会」がもたらしたものでした。「原発はすべてについて多重防御になっている」と言われていましたが、事故が起こってみると「防潮堤より高い津波が来たから爆発した」と実際には一重防御であったことが分かり、「原発は事故が起こりそうになると自ら事故を止める固有安全性を持つ」とされていたのに、冷却が止まると一気呵成に爆発に至りました。

 これまで原発は危険であるとの指摘がなかったわけでもなく、また具体的な改善策も提案されていました。でも「もし、そんな基本的なところを直すと、今までの原発が危険だったということになる」という「完全な建前論」が官僚から出されてつぶされていました。

 でも、原発事故で多くの人に会うことになった私は、この日本社会は、「本音の代わりに建前」ではなく、「本音のない社会」であることに気がついたのです。つまり、2011年5月ごろまでは、福島原発事故が起こる前にはあれほど放射線の被曝を鋭く批判していた「知識人」が一斉に「大丈夫」と連呼し始めたのは、「本音=危険、建前=大丈夫」という使い分けだと思ったのです。ところが豹変した人とジックリ話してみると、ご本人は本音と建て前を使い分けているのではなく、本音も建て前もなく、単に周囲の「空気」から事実を決めて、その事実をもとに本音を言っていることが分かったのです。

 原始的な社会では目の前にある事実に重みがあります。空を見れば雨が降るか、雲を見れば嵐が来るか、激しい馬蹄の音を聞けば戦かと恐れる…。すべては事実からスタートしていたのです。

 ところが、現代は事実を見なくても「大勢の人によって作られた空気」や「自分を中心とした仲間の利害」をもとに「事実を創造する」ことができるからです。たとえば東京は食料自給率1%ですから、厳しい表現をすれば「生きていない都市」とも言えます。そこでは事実とは違う「架空の事実」が事実として確定します。私の研究分野の環境関係では、温暖化問題で南極の氷について、国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の英語の報告書では、温暖化すると"to gain in mass"(氷が増える)と書いてあるのに、それを環境白書で「減少する」と誤訳すると、日本中が、すべて「温暖化で南極の氷は減少する」という「空気による事実」が創造された例が典型的なものでしょう。

 空気が事実をつくりだし、それによって本音と建て前が一緒になるという奇妙な社会が現代の日本に出現しています。そして2011年の原発事故もまた空気が創り出した「原発は安全である」という神話的事実がもたらしたものでした。

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