Wendy-Net トップページ > 本音のエッセイ > BackNumber > エッセイスト 向田 和子さん

本音のエッセイ

BackNumber

246号 エッセイスト 向田 和子さん

「ただ今見習い中」

エッセイスト 向田 和子

エッセイスト 向田 和子さん

向田 和子/エッセイスト

東京生まれ。向田邦子の末妹。実践女子短期大学卒業後、保険会社勤務。喫茶店経営を経て、1978年から20年間、惣菜、酒の店「ままや」経営。著書「かけがえのない贈り物―ままやと姉・向田邦子」(文春文庫・1994年)、「向田邦子の恋文」(新潮社・2002年)など。

 東京赤坂、マンション暮らし30年、隣は氷川神社。樹々と静けさが残る環境、100世帯。どんな方々が住人なのかほとんど知らない。

 そんな中、母との暮らしからの影響か、大先輩の女性と親しくなることもある。  

 料亭の花を生け、生け花を教えていた方は85歳一人暮らし。四季折々の一輪ざしほどの花を持ってきてくださり、玄関の器にさりげなくこの花の生け方のアドバイスをくださる。珍しい茶菓子、佃煮など適量のおすそ分け、その心づかいのほどがいい。こちらの負担にもならず、ごく自然に受け入れられ、距離の置き方は人を思いやる礼儀がいつもあった。また、その方は喜び上手で、スーパーでバッタリ会った折に重い荷物を持たせてもらったり、あるときは、雪の日に郵便物の投函を頼まれたこともあったが、私をほっこりと優しい気持ちにしてくれた。そして、ご自分の90歳の誕生祝いには、赤飯、饅頭を「健康で仕事もできる感謝のしるし」と届けられた。私が出会ったこの方は、まさにご自身で豊かに暮らす術と知恵を示されたような方であった。

 また、この夏の出来事。2本のひもがとりもつ縁がきっかけで親しい友になったKさん。ゴーヤで日よけを作りたいと、一階上の私のベランダにひもを2本結ぶ共同作業をした。そして初収穫のとき、水やりも何の世話もしなかった私に、仲良く半分ずつにし、記念写真を撮ってくださった。そして料理も伝授、手作り玉葱の酢漬の土産をくださり、抹茶もたててくださった。ヨガで身に付けたしなやかな身体で、朝ベッドでできる、手足を真っすぐに伸ばして息を止め、一気にはきだす術、爪先立ち、手を伸ばし呼吸を整えるなど、私にもできる転ばないための生活術を、いつも笑顔を絶やさず楽しそうに話される。やはり85歳の先輩。赤坂の情報も詳しい。私の視点と違う面白さや、見落としていたことの気付きがある。二人で車の少ない裏道など、近所も一緒に歩いた。居酒屋で酒も飲んだが、ご自分の適量で楽しみ上手なところも心憎いばかり。こんなに近くに見習いたい先輩がいらしたことを知り、ご迷惑を掛けないように心してお近づきになりたいと願う。

 あと15年ほどの見習い期間がある。そのころ私も85歳。この先輩方のようになれるだろうか。目標があればかなうものと思いたい。

 今日も私は近所を歩く。見知らぬ小学生に“こんにちは”と大きな声を掛けられ、幸先良好と顔がほころぶ。無愛想な私も心してあいさつにつとめる。

 そうだ、まずは笑顔とあいさつから始めよう。


BackNumber

(無断転載禁ず)