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245号 演出家 鴨下 信一さん

「旧い歌舞伎の台詞が、いまの世相にピッタリ」

演出家 鴨下 信一

演出家 鴨下 信一さん

鴨下 信一/演出家

1935年、東京生まれ。演出家。東京大学美学科卒業後、TBS入社。『岸辺のアルバム』『ふぞろいの林檎たち』など、ドラマや音楽番組などを数多く演出する。現在、TBSテレビ相談役。近著は、『日本語の学校 声に出して読む〈言葉の豊かさ〉』『ユリ・ゲラーがやってきた』。

 旧い歌舞伎の台詞が、いまでもひどく現実味を帯びることがある。

 1日働きづめに働いて家へ帰る実直な職人が、橋の上から汚職役人と悪徳商人の舟遊びのどんちゃん騒ぎを見て、「あれも一生、これも一生(と、かついできた道具を川の中へ叩き込み)。こいつァ宗旨(信心する宗派を、つまり生き方を)を変えざァなるめェ」といって大泥棒になる『鑄掛松(いかけまつ)』などが代表的だが、「月も朧に白魚の」の美しい名台詞で知られる黙阿弥作『三人吉三』にはこんなのがある。

 お嬢吉三、お坊、和尚とあだ名は違うが同じ名前の3人の盗賊(歌舞伎ではいつもヒーローだ)の話だが、そのお嬢(いつも女装しているのでこの名がある)が節分の晩に、百両の大金を持った娘を大川に蹴落として金を奪う。それを物陰で見ていたお坊(坊っちゃんの意味で浪人姿)が「なるほど世間は難しい。人がら造りのお嬢さんが、追い落とし(強盗)たァ気がつくめェ」という。以上が前置きで、本当はケイタイの話である。

 脚が悪いので(おまけに加齢で)、ぼくは杖をついて外出するのだが、これで電車に乗ると、なかなか世相が見えてくる。

 親切に席を譲ってくれる人がいる。これが意外やヤンキーな格好の若い人だったりするのだが、断固知らん顔もいる。その100%がケイタイをやっているといっていい。年寄りを押しのけても席に座ろうとするのはケイタイをやるためらしい。

 あきれはするがまあ、怒りもしないのだが、それでも腹にすえかねるときがある。これは私鉄の始発駅、すでに席は満席だが一つだけ空いていた。ところがそこにはハンドバッグが…どうやら隣りの女性がケイタイでメールを打つので置いたらしい。

 どかせてもらえるのかなあと思って、前に立ったが、知らん顔である。相当な時間待っても、いっこうどかす気配がない。やむを得ず「あのー」と気弱く声を掛けたが無反応。「すみません」「ー」「バッグどかしてもらえますか」「ー」「あの」言った途端、「キリのいいところまで待ったらどう!?」。

 これで様子(なり)は上等、いかにも良家のお嬢さまか若奥さんふうなのだから恐れ入る。実はケイタイ無礼なのはだいたいこの人種、「人がら造り」の女性なのだ。

 こうしたとき、ぼくはお坊のように「なるほど世間は難しい」などと愚痴っぽくつぶやかず、せいぜい大声で「立ちなさい!」と言うことにしている。


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