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本音のエッセイ

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228号 音楽家 タケカワユキヒデさん

「娘の一人暮らし」

音楽家 タケカワユキヒデ

音楽家 タケカワユキヒデさん

タケカワユキヒデ/音楽家

1952年埼玉県生まれ。 1975年東京外語大在学中にソロデビュー。翌76年にゴダイゴを結成。ヴォーカルと作曲を担当し『ガンダーラ』『モンキー・マジック』『銀河鉄道 999』『ビューティフル・ネーム』など数々のヒットソングを生む。現在は音楽活動の他、執筆活動にテレビ・ラジオの出演や講演、コンサート活動と幅広く活躍中。最近作はBEATLESへのトリビューCDアルバム「CHRONICLE1&2+2」。


 娘が一人、台湾にいる。  中国語ができるようになった娘が、台湾の音楽界に挑戦してみたいと言ったのがきっかけだった。

 当初、台湾と言われて、僕はあせった。何しろ、僕には、台湾に一人も知り合いがいない。ましてや音楽関係者など、全く知らない。どうしようかと考えているときに、偶然会ったNHKのプロデューサーにその話をしたところ、彼の後輩が台湾で音楽家をしているというではないか。

 渡りに船とはこのことだ。こうなると、せっかちな僕の行動は素早い。

 僕はいきなり、面識もない、名前さえも初めて聞いた台湾で活動しているその日本人の音楽家に電話をして、娘のことを頼み込むと、その数週間後には、娘を連れて台湾まで彼に会いに行った。

 彼の話では、今、台湾の音楽業界は決していい状態だとはいえない、けれど、彼としては、台湾に音楽仲間が増えるのはうれしいことなので、できるだけバックアップはしたい、とにかく、まず、住んでみたらどうか、ということだった。

 僕には、娘が5人いるが、今まで、一人暮らしをさせた娘は一人もいなかった。しかも、彼女はまだ20才。20才の女の子を、しかも外国で一人暮らしをさせるという、父親としては、針のむしろに座るような展開になった。

 少々混乱しながらも、話はトントン拍子に進み、いよいよ住むところを決めるために、台湾にまた行くことになった。

 今度は、妻も一緒だった。

 僕だけでは、女の子が一人で住むところを決める自信がなかったからだ。

 音楽家夫婦と一緒に、何軒か不動産屋さんを回った。しかし、最初にマンションの部屋を見せてもらったときは、ちょっとショックだった。娘が本当に一人暮らしをするのだという現実を目の前につきつけられたからだろう。

 それはがらんとしたワンルームマンション。少々荒れ果てていたが家具が付いていた。『一人暮らし』の寂しさが部屋中に漂っていた。

 「広くていいけど、こんなところに一人で住んだら、毎日泣いちゃうね」と僕が言うと、一人暮らしに胸をときめかせている娘が目を輝かせながらも、僕の言葉に付き合って、「そうだね」とうなずいた。

 結局、娘は、女の子同士でルームシェアをする部屋の1つを借りてそこに住むことになった。部屋の大きさも8畳くらいで、家の彼女の部屋よりは少し大きいが、大きすぎないし、小さすぎない、きれいで、快適な部屋だった。

 台湾に住むようになって、もう少しで1年が経つ。

 彼女は台湾でミュージカルに出演したり、僕と一緒に中国本土のコンサートに出演しながら、中国語をさらに磨き、今年は台湾の大学の入試に挑戦する。


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