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209号 作家 清水 義範さん

「なんという魚ですか」

作家 清水 義範

作家 清水 義範さん

清水 義範/作家

1947年愛知県名古屋市生まれ。愛知教育大学国語科卒。1981年「昭和御前試合」でデビュー。1986年「蕎麦ときしめん」でパスティーシュのジャンルを確立。1988年「国語入試問題必勝法」で吉川英治文学新人賞受賞。主な著書に「首輪物語」(集英社)「『大人』がいない…」(ちくま新書)「ああ知らなんだこんな世界史」(毎日新聞社)などがある。


 小学生に、社会科の面白さを教える、という本の原稿を今、書きためている。ところがこれが容易なことではない。

 おそらく、多くの小学生は社会科なんて少しも面白くないや、と思っているだろうから。

 各地の名産品や、平安遷都の年号、国会や内閣のことを、すべて暗記しなさいと強要するのが社会科で、なるほどそうだったのか、と分かる快感がない。そして自分の生活に関係している気がしない。だから社会科は面倒臭い、と小学生は感じているような気がする。

 本当は社会科って、人間がどのように生活しているかについての科学で、筋が通っていて劇的で、ものすごく面白いのになあ、と私は思うのだが。

 そこで、小学生に私はこういうことを教えるのだ。

 海外旅行をして、イランの首都テヘランで一般人のお宅を訪問したことがある(そのツアーのお楽しみ企画だったのだ)。イラン人がよく食べるものは羊肉である。鶏肉も食べるが、イスラム教徒だから豚肉は食べない。魚は、海岸に近い地方なら食べるだろうが、テヘランは内陸の都市で、しかも周りは乾燥した土漠地帯なのでほとんど食べない。

 ところが、訪問した家では、魚を唐揚げにしたような料理をどっさり出してくれたのである。日本人をもてなすには、魚料理がいいだろうと、優しい心遣いをしてくれたのだろう。とても親切なことである。

 さてそこで、外国で魚料理が出てくると、日本人は必ず同じ質問をするのだが、何をきくか分かるだろうか。同じような状況で、日本人がそれをきかなかったためしがないのだが。

 それは、「これはなんという魚ですか」という質問である。必ず誰かがそうきく。

 すると外国人の主婦はまず例外なくこう答える。

「魚です」

 つまりそれが社会科なのである。周りを海に囲まれ、魚をよく食べる日本人は、魚のうちの何か、を重視するのだ。ところがほとんど食べないイラン人にとっては、魚は魚というものであり、それ以上の区別はないのだ。

 そして一方では、イラン人は羊肉を、牡の肉、牝の肉、仔羊の肉、胎児の肉などと区別し、それぞれ別の名で呼んでいる。

 生活の場が違えば文化が違う。それを知っていくのが社会科なんだよ、と私は教える。


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