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本音のエッセイ

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208号 フォークシンガー なぎら 健壱さん

「食べ物レポーターの本音」

フォークシンガー なぎら 健壱

フォークシンガー なぎら 健壱さん

なぎら 健壱/フォークシンガー

1952年東京銀座生まれ。70年中津川フォークジャンボリーへの飛び入り参加がきっかけでデビュー。72年にファーストアルバム「万年床」を発表。以後、音楽だけでなく、映画、テレビ、ラジオの出演、雑誌の執筆など幅広く活躍。著書は「下町小僧」「東京酒場漂流記」「東京の江戸を遊ぶ」小説「歌い屋たち」など。2005年には35周年を記念してCDアルバム「裏技」とエッセイ写真集「東京のこっちがわ」を発表。

 食べ物のレポーターをやる機会が多いのだが、人に「美味いと言っているけど、本当のところは不味い物もあるんでしょ?」と聞かれることがある。「そんなことはありませんよ、すべて美味しくいただいています」と答えるのだが、本音ではない。

 「空腹が最大の調味料」という言葉があるが、それにのっとった考え方をするならば、「すべて美味しくいただいています」は嘘になる。皆さんは知らないでしょうが、日に何軒もハシゴをして取材をするということも珍しいことではない。要するに、空腹の時間が全くないのだ。満腹時には味覚も、食指も半減する。

 午前中の9時を皮切りに、日がな1日食べ続け、最後の店に入ったとき、夜中の1時を回っていたということも過去にあった。しかしそれをみじんも感じさせないように、さも美味そうに食べてみせるのがレポーターの役目である。

 しかしアタシの場合まだ救われるのは、食べ物に好き嫌いがないことである。まあ確かに口に合わない物はあるが、嫌いというわけではない。実はレポーターの中には、偏食家もいる。出される物にはほとんど手を付けないで、「美味しいですね」とやっている。それを見るにつけ「この仕事は断るべきじゃなかったのか」と、苦笑を強いられる。

 好き嫌いはないと書いたが、苦手な店はある。会席料理などをちまちま出す高級料理店や、フランス料理店などがそれだ。高い値段と料理が相まっていると言いたいのだが、どう考えても値段の方が勝っている。値段と比較すると、美味いとは言い難いのである。

 そこには「これはきっと美味いんだ」「美味いと言わなければ己の舌が駄目と思われるだろう」という幻惑が働く。そこで毅然として、「値段の割に、たいしたことないですね」と言いたいのだが、店主を前にそんなことは言えない。世間さまも同様に、自分の本音の評価より、値段や風評を頭に置きながら、「美味しいです」と相槌を打つ。それを正したいのだが、それも飲み込む。

 もっとも食べ物は嗜好品であるからして、万人に美味いとうならせる物などは稀だと思っている。逆に考えれば、他人が「これはどうもいけません」と言っても、その人にとっては美味いと感じる物もあるわけだ。それを万人に、美味しそうに感じさせるのがレポーターの腕ではあるのだが…。


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