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本音のエッセイ

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198号 漫画家 やく・みつるさん

「生前還暦祝を終えて」

漫画家 やく・みつる

漫画家 やく・みつるさん

やく・みつる/漫画家

1959年、東京都生まれ。早稲田大学では漫画研究会に所属し、卒業後、青春出版社に入社。同時に、『がんばれエガワ君』の連載でデビュー。85年、漫画家として独立。その後、四コマ漫画を中心に新聞・雑誌などに幅広いジャンルの時事漫画を執筆。98年、第42回文藝春秋漫画賞を受賞。NTV『ザ・ワイド』などテレビ番組のコメンテーターとしても活躍。無類の昆虫好きで、日本昆虫協会理事も務める。

 実を言うと、満40才の誕生日に「還暦祝い」を済ませてしまった。

 「近ごろは生前葬ってのがあるくらいだから、生前還暦祝いがあってもいいではないか」と考えたのがそもそもの始まり。というのも、漫画家はその不規則かつ地駄落な生活ゆえか、総じて短命である。多くの先達が60才前後で逝ってしまっていることからして、私の寿命もそのあたりと覚悟した。ならばギリギリで気をもむより、とっとと還暦祝いを終えておいてしまおう-我ながら実に合理的に考えたものだ。

 そこで、当時の出版社の担当さんやテレビ局のワイドショースタッフに声をかけ、神楽坂のチャンコ料理屋で祝宴を挙げてもらった。気の利いた担当氏はわざわざ赤い頭巾とチャンチャンコまで用意してくれた。ありがたいものだ。それも安物のパーティーグッズの類ではなく、松屋の箱に入った“本物"ではないか。それを身につけ、若い衆たちと記念写真に収まると、いよいよ還暦気分も高まる。当初は半分、洒落のつもりだったが、そんな生半可な気持ちは会が始まると早々に消え去ってしまったように思う。あのとき、あの宴席の主役たる赤頭巾ちゃんは、紛れもなく還暦を迎えた初老の小男に成り下がっていた。

 となると、人間その気になれるもので、翌日から私はすっかり老後モードに入ってしまった。抱えていた連載を片っ端から降板し、結果として執筆量はそれまでの3分の1ほどに減った。こんなに仕事量を減らして大丈夫かと一瞬不安もよぎったが、なに、かまうことはない。どうせ先はそう長くない。

 さらに、残された時間の少なさがにわかに切迫した問題となってわが身を苛み始めた。こうしてはいられないとばかり、ゆるやかになった締切りの間隙を縫って逃亡を図った。還暦前はこの間隙が全くといってよいほどなく、自宅軟禁が数ヶ月も続いたりしたので、その反動もあろう。逃亡先は関東近隣の社寺仏閣に始まり、すぐに海外へと拡大した。アフリカ、中南米に各七回ずつの逃亡のほか、極寒のシベリアやら南太平洋の離れ小島やら、逃げられるだけ逃げては老後を満喫させてもらっている。

 その最後はエジプトとかみさんと相談して決めているのだが(最も見所の多そうな場所を最後にとっておこうと考えた)、さぁ、そのエジプト行をいつ決行するか。老後だけあってそろそろ本当に体がいうことを聞かなくなり始めているので、考えた方がいいかもしれない。還暦から間もなく丸7年。残された時間はいよいよ底を尽き始めている-


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