本音のエッセイ

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184号 作家 畑 正憲さん

「ラーメン昨今」

作家 畑 正憲

作家 畑 正憲さん

畑 正憲/作家

1935年 福岡生まれ。1954年、東京大学・理学部生物学科へ入学。生物系大学院に進む。1960年、学習研究社映画局へ入社後、記録映画制作に従事する。出版を機に退社し本格的な著作活動に入る。「われら動物みな兄弟」で第16回エッセイストクラブ賞を受賞。1971 年、北海道浜中町に「動物王国」を建国。動物たちとの心温まる交流を描き続け、1977年、第25回菊池寛賞を受賞する。著書に「畑正憲作品集」、「ムツゴロウの青春記」、「ムツゴロウの動物交際術」など多数あり、映画「子猫物語」では監督を務めるほか、21年間続いたテレビ番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」でも活躍する。

 このところ私はラーメンを食べなくなった。と言うより、相変らず夜ふけにインスタントラーメンのお世話になっているのだが、町場のラーメン屋へ寄らなくなったのだ。

 昔は大好きだった。東京に事務所を持ったころは、ラーメンでも食べるかと言い、近所の店を次々と攻略したものだ。

 嫌いになったのはテレビのせいだ。たくさんのラーメン番組が作られ、その中でシェフたちが、麺がどうだ、スープがどうだと、哲学者みたいな深刻な顔つきをして、味づくりに奮闘していた。そして、その模索は次第にエスカレートし、どこそこのサバ、あそこの牛と、日本中を駆けまわる。

 ラーメンは、それほどのものか。

 もともと庶民のものであり、単純で軽快なものではなかったのか。

 第一、普通の家庭で、東北の港町まで魚を買いつけに行き、一昼夜かけてダシをとったりできるわけがなく、さっと作り、さっと食べるもの、その素朴さが命の食べものだったと思う。

 でも、ラーメン屋へ行くと、どこか違った。それは食材に凝りに凝るのではなく、長年の修練により、五感がすべてを記憶していて、塩加減やゆで具合いを、流れるように決めていけるからだ。どこそこの貴重な食材ではなく、職人のワザが店を支えていた。

 そもそも職人は、自分はこれだけ心くばりしているから、だからおいしいんだなどと言わなかった。他人様に食べていただくのだから、努力するのは当り前だ。裏の努力を人前で公開するようになったら、職人は魂を抜かれたカスになる。

行列ができる店なんてクソ喰らえである。客を大切だと思うのだったら、待たせたりできないはずである。

 うちの麺が気に入らないのなら出て行けと虚勢を張る店主がいるとも聞いている。これは論外だ。このような店でラーメンを食べてはいけない。

 文化の在り方が、食べものまでねじ曲げている。私は、太陽がしみこんだ麺を素朴に食べたい。それこそラーメンだと信じているからである。


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