Wendy-Net トップページ > 本音のエッセイ > BackNumber > 作家・書誌学者 林 望さん

本音のエッセイ

BackNumber

181号 作家・書誌学者 林 望さん

「エコツアー偶感」

作家・書誌学者 林 望

作家・書誌学者 林 望さん

林 望/作家・書誌学者

1949年生。慶應義塾大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。「イギリスはおいしい」で日本エッセイストクラブ賞、「ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録」で国際交流奨励賞、「林望のイギリス観察辞典」で講談社エッセイ賞を受賞。エッセイ、小説の他、歌曲等の詩作、能楽、自動車評論等、著書多数。最新刊「リンボウ先生のオペラ講談」、「すらすら読める風姿花伝」。


 最近は「エコツアー」というものが流行るそうである。これはエコロジカル・ツアーということらしいのだが、要するに、旅行といってもただ名所旧跡などを訪ねるのでなくして、森を歩いたり、野鳥観察をしたり、いわば環境を学ぶ旅ということである。

 ところが、これがとんだ自然破壊の原因になっているというのだから、皮肉も極まったものと言わなくてはなるまいか。たとえば、富士山麓の樹海のようなところに踏み入って、その深い森に接するのはいいのだけれど、実際には多くの人が森に入り込んで無秩序にそこらじゅうを踏み荒らすということになり、太古からの樹林を涵養している厚い苔の層を破壊してしまうのだそうだ。さすがにこれではいかんというので、このころでは地元で、専門のコンダクターを養成して、無知の客がやたらと森の中に踏み込まないように指導しつつ、その美しい森と空気を楽しんでもらうようにしている、と先日テレビで報じていた。

こういうニュースを聞くと、私は「またか」と思ってウンザリする。

 日本人の悪いクセは、観光とか旅行とかいうと、なにか「見る目的地」を設定して、その目的地に着くまでの「途中」は全然見ない、ということである。そしてかならず徒党を組んで出かけていく。こういう態度が上記のような諸問題を引き起こすのである。どうしてわざわざ富士の樹海まで行かなくてはならぬのであろう。樹海というものはこの国の樹林のなかではごく例外的な存在に過ぎ

ぬ。そういう特殊の例を見て、もっと普遍的な、日本らしい森林を見ないというのは、まさにこれ「木を見て森を見ず」というものだ。

 ではそのもっとも日本らしい森林とは何か。つまりは、そこらの里山の雑木林である。  雑木林には夥しい種類の木々や動物が息づいている。そしてそれこそは、わが祖国を大昔から形作ってきた「たたなづく青垣」なのだ。けれども、ありふれた里山の雑木なんかちっとも有り難くないと思って、どんどん切り倒して開発し、少しも観察の目を及ぼさない。それでいて富士の樹海を有り難がる。これを本末転倒というのである。

 まずは脚下を照らすこと。路傍の雑草や潅木に慈愛と尊崇の視線を注ぐこと。それこそが本当の意味でのエコツアーで、徒党など組むに及ばず、また近所のどこでも楽しめる。この楽しみを知らぬ者が、つまり樹海を踏み荒らす徒なのである。


BackNumber

(無断転載禁ず)